いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜
第18回/工藤茂
あの日から3年過ぎて
あの日から3年が過ぎた。2014年3月11日、政府主催による東日本大震災三周年追悼式が行われた。国歌斉唱のあと、安倍内閣総理大臣による式辞、天皇陛下のお言葉、伊吹文明衆議院議長、山崎政明参議院議長、竹崎博允最高裁判所長官らの追悼の辞、被災3県の遺族代表らの言葉が続いた。そのなかでも注目されたのが、伊吹衆議院議長の追悼の辞だった。伊吹氏は原発事故に触れて次のように述べた。
「電力を湯水の如く使い、物質的に快適な生活を当然のように送っていた我々一人一人の責任を、すべて福島の被災者の方々に負わせてしまったのではないかという気持ちだけは持ち続けなければなりません。(中略)科学技術の進歩により、私たちの暮らしは確かに豊かになりましたが、他方で、人間が自然を支配できるという驕りが生じたのではないでしょうか。そのことが、核兵器による悲劇を生み、福島の原発事故を生んだのだと思います。3年目の3.11を迎えるに際し、私たち一人一人が、電力は無尽蔵に使えるものとの前提に立ったライフスタイルを見直し、反省し、日本人として言行一致の姿勢で、省エネルギーと省電力の暮らしに舵を切らねばなりません」
衆議院議長である伊吹氏は会派離脱中とはいえ、自民党所属議員である。にもかかわらず、全国民が見守っている追悼式典の場において、原発推進を明らかにしている安倍政権とは一線を画すことを宣言したのである。
同日付『共同通信ニュース』Web版は、「首相周辺から不快感が出ている」と報じているが、この意味は小さくない。マスメディアのルールでは「首相周辺」とは首相秘書官を指す。首相秘書官が共同通信を使って伊吹氏に同調する党内の動きを牽制したということのようだ。
伊吹氏は1994年6月、自社さ連立政権発足の際、社会党委員長村山富市氏の首班指名に造反したことがあった。ここぞと言うときには信念を通す人なのかもしれないが、原発に関しては、あの追悼の辞だけで終わらせてほしくないと思う。
話は少々それる。村山富市氏が2月12日に韓国国会で演説した際の舞台裏を毎日新聞がコラムで書いていた。村山氏はこの演説内容について、訪韓前に首相官邸、韓国側双方を納得させたうえで韓国に向かったという。ぼくはこれまで村山氏をとくに評価したことはなかったが、なかなかしたたかな政治家と見直した。もう一度表舞台に立ち、安倍政権をとっちめてほしいところである。
さて民主党野田政権は、2030年代という遠い将来の原発依存度ゼロを目標に設定したが、第二次安倍政権はその目標値をゼロベースでの見直しを宣言した。「原子力に依存しなくても良い経済・社会構造の確立」というのが2012年11月に示した自民党の政権公約だったが、大きく後退することになる。そして2013年9月には、世界が注目するIOC総会でのスピーチで「私が安全を保証します。状況はコントロールされています。健康に対する問題はない。今までも、現在も、これからもない」と自信たっぷりに言い切った。
しかしながら当の原発は、原子炉冷却作業のために出る汚染水の垂れ流しに等しい状態で、発表されるデータのごまかしは当たり前、ここにきて放射性物質を取り除くALPSも稼働できなくなっている。また、子どもの甲状腺がんについては100万人にひとりかふたりといわれるなかで、福島県では検査をうけた27万人のうち33人が甲状腺がんと判明して摘出手術まで終えていた(2013年12月現在)。
この甲状腺がんについて福島県の第三者委員会は「原発事故の影響は考えにくい」としているが、否定とする根拠は薄い。松本市長で甲状腺専門医の菅谷昭氏は「否定するのではなく、もっと慎重に考えるべき」と述べるとともに、軽度の汚染地域での低線量被曝によっても将来さまざまな症状が出てくることが予測され、ベラルーシでは身体の抵抗力が落ちた子どもが増加してきたという。「ただちに健康に影響はない」かもしれないが、やがて健康がむしばまれてくるのは事実のようだ。
海外のメディアも安倍首相の発言には注目したようだ。事故から3年をへた福島第一原発の現状を、ドイツやフランスのテレビ局が入念な取材によって番組をつくり放映してくれた。動画サイトにもアップされ世界中の人が見られるようになっていて、日本語訳までついている。
国は原発事故など終わったことにしたいらしい。多少汚染された土地であっても、除染しながら被爆の影響を最小限に抑えつつ住民たちに住み続けてもらうことを望む。避難した住民には早く帰還してもらい、避難の支援費用や賠償を抑えたい。そのためには少々放射線量が高くともやむを得ない、安全よりも経済、自治体の維持が優先なのだ。
2014年1月1日付、4月3日付『東京新聞』では、国や自治体がすすめる「リスクコミュニケーション」について紹介された。「福島ステークホルダー調整協議会」「福島のエートス」や、飯舘村の「健康リスクコミュニケーション推進委員会」などの団体があげられている。講演会や車座集会、かわら版などを用いて、放射能汚染の影響を軽くみせて、不安に思う住民たちに「安心神話」を押しつけようというものである。
そこには、「福島はチェルノブイリとは爆発の規模が全然違う。だから心配ない。被曝した放射線量は勝負にならないぐらい小さい」「放射能を気にしすぎたら、かえってストレスで体が悪くなる」「みんな放射能に振り回され、疲れ切っている。いま必要なのは安心できる言葉だ」などのフレーズが並ぶ。
これはチェルノブイリ事故後のベラルーシで行われた「エートス・プロジェクト」にならったものだというが、汚染地域に住み続けることを前提としているため、かえって健康被害がひろまったという批判もあった。京都大学原子炉実験所の今中哲二助教は、「彼らは『リスクコミュニケーション』という言葉をよく使うが、『事故による健康被害はない』と言葉巧みに言い含めるだけ。リスコミではなく、あれはスリコミだ」と皮肉っている。
4月2日付『朝日新聞』web版に「福島県民、がん増加確認できず 国連の原発事故報告」という見出しがあった。福島第一原発事故の健康への影響を分析した国連科学委員会報告書の全容が分かったというもので、原発30キロ圏内にいた当時の1歳児に限っては甲状腺がんの増加の可能性があるが、福島県民全体的にみて、がんの増加は確認できないという内容である。国連科学委員会について、記事中では「原発事故に関する報告書では国際的に最も信頼されている」としているところが気になったが、『東京新聞』の記事にはその部分はない。
ネット上には、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長伊藤和子氏による、暫定報告書段階での反論があった(2013年10月27日付)。伊藤氏によると、国連科学委員会はおもに原発推進側の科学者によって構成され、現地調査を行った形跡もなく、報告書も日本政府、福島県から提供されたデータのみでまとめられ、日本政府から独立した客観性のある調査とは認めがたいという。しかしながら、報告書が国連総会で承認されると国際的コンセンサスとして扱われ、「被曝影響はほとんどない」という日本政府の主張の拠り所となりうるという。
ほかに国連科学委員会内部、つまり同じ推進派のなかからも、今回の報告書は「過小評価すぎる」という批判もあったという。国連科学委員会も「安心神話」の「スリコミ」組織のひとつなのである。
他方、国連人権理事会から特別報告者に任命されているアナンド・グローバー氏は、2012年11月に2週間にわたって原発事故の被災者や行政関係者への現地調査を行い、翌年5月の国連人権理事会で報告し、今年3月にも来日して日本外国特派員協会や参議院院内集会で講演を行った。このグローバー勧告について、『東京新聞』は2013年6月22日付、2014年3月21日付、4月6日付で大きく取り上げている。
グローバー氏は、まず事故直後にSPEEDIの情報提供が遅れたために甲状腺被曝を防ぐ安定ヨウ素剤が適切に配布されなかったことを指摘し、その後の健康調査については、甲状腺がん以外の病変も起こる可能性を視野に、「甲状腺の検査だけに限らず、血液や尿の検査を含めてすべての健康調査に拡大すべきだ」と求めた。また日本政府が避難基準を1年間に浴びる被曝線量20ミリシーベルトにしていることに対しては「健康を享受する権利」という考え方から、年間1ミリシーベルト以上の地域に住む住民すべてに対する健康調査を求めるなど、日本政府にとって厳しい内容となっている。
日本政府は「第三者的な専門家による助言で、この勧告には法的拘束力がない」「低線量被曝による発がんの増加は明確な証拠がない」として、勧告に沿った動きはみせておらず、ほとんど無視に近い態度だが、世界に向けては「実施済み」と嘘の情報を流している。
政府は方針どおりに着々とすすめるようだ。新年度に入った4月1日、福島県田村市都路[みやこじ]地区の原発20キロ圏に出されていた避難指示が解除された。政府は、国による除染が終わり放射線量が下がったとしているが、事故前の数値になったわけではなく、まだ年間1ミリシーベルトをこえる場所も多いという。これが事故後3年過ぎて、避難指示区域の初めての解除となる。しかも解除後1年で補償は打ち切りになるという。
4月11日、新たなエネルギー基本計画が閣議決定され、安倍政権は原発再稼働へと突き進むことになる。再生可能エネルギーなどほとんど使うつもりもないうえに核燃料サイクルの続行もセットになっている。これで、先に示した自民党の政権公約は完全に否定された。
高速増殖炉「もんじゅ」は莫大な予算を注ぎ込んで半世紀をへても稼働せず、9,700件の点検漏れまで発覚して、2013年5月には原子力規制委員会からは無期限運転禁止を命じられている。核燃料サイクルでは、原発から出た使用済み核燃料を再処理する青森県六ヶ所村の再処理施設もいまだ稼働の目処も立たないが、すべて続行である。
鹿児島県の川内原発1、2号機は6月にでも再稼働されるようだ。『日刊ゲンダイ』ネット版(2014年3月25日付)によると、全国の火山学者が選んだ「巨大噴火の被害を受けるリスクがある原発」のワースト1が川内原発だという。周囲に阿蘇や姶良[あいら]など巨大噴火後に形成されるカルデラが存在しており、送電線に大量の火山灰が降り積もれば外部電源は完全に失われるという。
福島第一原発の事故を通してぼくらはよく学習したはずだった。原発は電源が切られたらおしまいである。事故が起きれば地元自治体は崩壊し、国は被災者を救済しない。使用済み核燃料の処分の道筋はついていない。作業員の被爆を抜きにはメンテナンスもできない。原発とはこういうものなのである。
これでも続行するのか。電気が不足しているわけではない。核武装のためか。いまでも原爆5,000発分も製造可能なプルトニウムを抱えているというのに。ワシントンでは日本核武装論がささやかれているとも聞く。
今回の事故は、日本が立ち直る絶好の機会かもしれないと考えたこともあったが、それもかなわなかった。たった一度の原発事故では不足と言いたいらしいが、もう一度起きたら日本はおしまいだろう。震災前の日本もとんでもない社会だったが、震災後もやっぱりそのままだ。モソモソモソモソと地面を這いずり回っているような不快さを覚える。
4月13日付の『東京新聞』に、共同通信による世論調査の結果が発表されている。
それによると安倍内閣の支持率は59.8%と、3月末の調査からまた上がっていて驚く。エネルギー基本計画を評価するは39.0%、しない53.8%、集団的自衛権の行使に賛成が38.0%、反対52.1%、防衛装備移転三原則に賛成が36.2%、反対50.4%である。政策的には経済政策に期待できるがもっとも多く20.8%で、首相を信頼するは、わずか13.8%にすぎない。ではどうして安倍政権を支持しているのかとみると、ほかに適当な人物がいないがもっとも多く、29.0%である。
エネルギー基本計画にも反対、集団的自衛権の行使にも防衛装備移転三原則にも反対、首相も信頼できないのなら、そんな内閣は支持しないと正直に言ってもらいたい。内閣支持率約60%という数字はいったいどこから出てくるのかと言いたいが、同じ質問項目でも、並べる順番によってはこのような結果が出てくるという分析もあって、ある程度納得できる。安倍首相と福山正喜共同通信社長は食事をともにする仲なので、この世論調査の結果もつくられたものとも言えるが、しょうがないと諦めているわけにもいかないのだ。 (2014/04)
<2014.4.15>