いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜
第33回/工藤茂
安倍政権と言論の自由
日本の英字新聞『The Japan Times』(2015年4月14日付)に「Japan’s prickly revisionists [日本の厄介な歴史修正主義者たち]」という記事が掲載された。Hugh Cortazzi氏という、かつて英国駐日大使館に勤務した人物による署名記事である。内田樹[たつる]氏による翻訳がネット上にあるので紹介する。
タイトルが示しているとおり、Cortazzi氏の記事の書き出しは手厳しい。
「日本の右翼政治家たちは海外メディアの報道を意に介さないでいる。彼らが外国人の感情に対する配慮に乏しいのは、外国人を蔑んでいるからである。(中略)右翼政治家たちは日本の歴史の中に暗黒面が存在することを指摘する外国人を「反日」(Japan basher)、日本の敵とみなしている。このような態度は日本の国益と評価を損なうものである」
書き出しに続いて、ドイツの新聞『Frankfuter Allgemaine Zeitung』の特派員が離日にあたって寄稿した記事を海外特派員協会(註:正確には日本外国特派員協会)のジャーナル(註:会報だろうか)で読みショックを受けたと記す。ちなみに『Frankfuter Allgemaine Zeitung』紙は、つねに事実の裏付けを取っていることで、ドイツでは高い評価を受けているまっとうな新聞だという。
その特派員が、安倍政権の歴史修正主義に対して批判的な記事を書いたことがあった。これに対して、日本政府の指示を受けたと思われるフランクフルトの日本総領事がこの新聞社を訪れて、外信部のシニア・エディターに対して抗議を行った。
中国がこの記事を反日プロパガンダに利用している。この記事には金も絡んでいるはずだ。特派員は中国行きのビザをもらうために書いているなどと、日本総領事は勝手な解釈を並べたという。ちなみにこの特派員は中国へビザ申請もしていないし、中国に行ったこともない。シニア・エディターがこの記事のどこが間違っているのか教えてほしいと求めたが、日本総領事からの返事はまったくなかったという。
この特派員(Carsten Germis氏)の元の記事の内田氏訳が、まったく別のサイトにあった。そこでは特派員の名前も記されている。Germis氏によると、外務省の役人たちは2014年から海外メディアによる日本批判記事を公然と攻撃するようになったという。何度もランチに呼び出され、「口調はきわめて冷淡なもので、説明し説得するというよりは譴責[けんせき]するという態度」、Germis氏の言い分にはまったく耳を貸さなかったという。
読みながら言葉を失ったり情けなくなったりしてくるのだが、Cortazzi氏の記事は「残念ながら、このケースは単独ではない」と続く。
今年の1月にはニューヨークの日本総領事が、アメリカの教育出版社McGraw-Hillに「慰安婦」に関する記述を削除するように要請している。McGraw-Hillは「執筆者たちは事実を適切に確認している」と答え、要請を拒絶した。
ぼくが集めた情報による補足だが、この件は日本やアメリカの新聞でも報じられ、アメリカの歴史学者29名が日本政府を批判する声明を発表した。その後大きくひろがりをみせ、5月には世界の日本研究者たち187名、日本の歴史学16団体も声明を発表している。
Cortazzi氏自身も、数カ月前に尖閣諸島については論争があることを書いたが、即座に中国を利しているとはげしい罵倒を受けたという。訳文にはないが、外務省の役人からであろう。
記事は、イギリスのメディアが日英関係に配慮して、日本の歴史教科書の記述についてあえてコメントを控えてきていることに触れたのち、次のようにまとめられて終わる。
「日本の外交官たちは彼らの政治的主人の要望を実行しなければならない。それゆえフランクフルトやニューヨークの総領事が本国からの指令に従って行動したということを私は理解している。しかし、それでも日本の外務省は外交官に指示を出す前に、まず彼らの政治的主人に対して、歴史的事実は恣意的に変更することはできないこと、ジャーナリストや学者に対する検閲は反対の効果をもたらしがちであることを理解させるべく努めることを私は希望するのである」
少々話題が変わる。3月27日夜、テレビ朝日「報道ステーション」で、コメンテーターの古賀茂明氏は降板にあたって、「菅官房長官をはじめ官邸のみなさんにはものすごいバッシングを受けてきましたけれども……」と発言した。
菅官房長官は記者会見で、言論の自由、表現の自由の重要性について語ったあと、「事実にまったく反するコメントですね。まさに公共の電波を使った行動として、極めて不適切だというふうに思っております。(中略)放送法という法律がありますので、まず、テレビ局がどのような対応をされるかということを、しばらく見まもっていきたい」と述べている。さらに権力政党である自民党はテレビ朝日の経営幹部を呼びつけ説明を求めてもいる。
言論の自由、表現の自由は大切だと言いながらも、「放送法」をちらつかせてテレビ局に圧力を加えている。あたかも安倍政権幹部や自民党にとって、こういった言動はごくごく当たり前のことにすぎないかのようだ。
これは確認の取れていないものだが、「政府関係者によると、世耕官房副長官が日本外国特派員協会のアラ探しをするよう内閣情報調査室に命じたとのこと」という情報がある。
AFP通信の記事(2014年11月28日付、web版)によると、日本外国特派員協会で12月の総選挙を行う理由や目的、政策について投票日前に会見してほしいと自民党に申し入れているが、連絡もなく一切の取材を拒否している。さらに「『政治・経済』『外交』『国防』『集団自衛権などの改憲』などに関しての厳しい質問が出されると想定され、それを懸念して、安倍首相は尻込みしている」とまで書かれている。情けないことだが、こういう記事が写真付きで世界に配信された。
先の Germis氏によれば、協会はその後も毎月取材を申し込んでいるが、自民党は一度も応じていないという。北朝鮮や中国でも海外メディアにはきちんと対応しているという。
日本外国特派員協会の会見となると日本記者クラブとはまったく異なり、海外のジャーナリストによる遠慮のない追及を受けることはたしかである。つい先日(6月29日)も、安保法制を合憲とする憲法学者西修、百地章両氏とフランス人記者との間ではげしいやりとりがあったばかりだ。いつしか、日本外国特派員協会への弾圧が始まるのであろうか。
さて6月25日に開かれた、自民党の安倍首相支持の議員を中心とする「文化芸術懇話会」の初会合で、報道圧力発言が相次いだ。谷垣幹事長は4人の議員を処分したが、簡単には引っ込まないし強気である。処分が厳しすぎるという声まで聞こえてきた。先の菅官房長官の「放送法云々」もとがめられることはなかった。なぜなら、これがこの政権の体質であり総意であるからにほかならない。
安倍首相は7月3日になってようやく謝罪したが、発言を撤回させることはしない。党内他派閥からの批判も形ばかりのようだ。今後も異なる意見に耳を傾けようとはしないだろうし、従わない者は今後も排除し続けていくだろう。安倍政権が続く限り同様のことが当たり前のように続く。なんといっても世論調査での支持率が依然40%台を維持していることが大きい。
新聞やテレビも大きく報じてはいるが、報道圧力など、いまになって始まったことではないことは知っているはずだ。2001年のNHK「ETV特集」や2014年同局「クローズアップ現代」への介入や恫喝など、過去にさかのぼって掘り下げるような報道はみられない。
安倍政権に対する海外メディアの危機感は相当強い。6月15日、日本外国特派員協会で憲法学者の小林節、長谷部恭男両氏の会見が開かれた。冒頭に出た海外の記者からの質問は、安保法制を合憲とする3人の憲法学者が、大日本帝国への回帰を目指す日本会議の会員であることの意味とその影響力についてであった。日本記者クラブでは出ることはない質問である。
さらにこの5月にフランスの高級週刊誌『ロブス』、6月にはイギリスの経済誌『エコノミスト』が相次いで安倍首相と日本会議との関係についての記事を掲載し、日本会議のもつ驚くべき動員力を問題視している。憲法改正の国民投票への影響を見据えてのことであろうか。ちなみに安倍政権の多くの閣僚が日本会議の会員であり、現会長は元最高裁判所長官であることにも驚く。
今年の3月に来日したドイツのメルケル首相は、講演のあとに行われた質疑応答のなかで言論の自由について意見を求められている。彼女は言論の自由のない東ドイツで30年以上も暮らした経験を語ったのち、次のように述べている。
「私は言論の自由は政府にとっての脅威ではないと思います」と言い切っている。そして「もし、市民が何を考えているかわからなかったら、それは政府にとって何もいいことではありません。私はさまざまな意見に耳を傾けなければならないと思います。それはとても大切なことです」
当時の『毎日新聞』は「煙独ムードじわり」と表現していたが、安倍首相にとっては「煙独」「嫌独」、微妙なところかもしれない。 (2015/07)
<2015.7.7>
1年前はこんな特集もあったが、まだ安倍政権のままだ。(『週刊金曜日』2014年4月17日、臨時増刊号)