いま、思うこと23 of 島燈社(TOTOSHA)

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いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜

第23回/工藤茂
「ねじれ」解消の果てに

 ぼくは、新聞の投書欄をそれほど熱心に読むほうではない。それでも、偶然のように目にはいってきた投書を読んで、「ああー」と思わされることがある。8月末に目にした投書も、まさに「ああー、そうだった、自分なりにまとめておきたかった」という内容だった。
 「熟議民主主義が健全」というタイトルの投書で、安定多数をとれない政権下で「なにも決められない政治」が批判されてきたが、時間がかかり完璧な回答は出ないかもしれないが、充分な話し合いによって物事を決めていくほうが、独裁的な人物によるトップダウン方式よりも、民主的な国家としては健全ではないかという論旨である。54歳の男性教員という筆者は、それを「熟議民主主義」という言葉で言い表している。

 2013年6月26日、安倍晋三首相は、通常国会閉会に際しての記者会見で次のように述べている。「その敗北がすべての始まりだった。政治は迷走し、毎年首相が変わり、日本の国力が大きく失われた。痛恨の思いだ。日本のため、このねじれに終止符をうたねばならない。その責任が私にはある」(『ロイター』2013年6月26日付)。その1カ月後に迫った参議院選挙への意気込みを語っているのだが、冒頭の「その敗北」とは、第1次安倍内閣当時の2007年7月の参院選での惨敗のことである。
 109議席を獲得して過半数に迫った民主党に対し、自民党は83議席で公明党と合わせても103議席で、民主党の議席数にも及ばないという大惨敗。ここから安倍首相の言う「ねじれ」が始まった。
 それでも安倍首相は続投へと歩み始めるが、ほどなく「腹下し辞職」などと揶揄された内閣総辞職。福田康夫内閣をへて、麻生太郎内閣時の、2009年8月の衆院選で惨敗。衆議院第1党の座から転落、退陣表明。政権を民主党、鳩山由紀夫内閣(民主党、社民党、国民新党の3党連立政権)に明け渡した。
 民主党政権は、参議院、衆議院とも過半数を上回りねじれは解消されたが、混迷の連続だった。社民党の連立離脱をへて菅直人内閣時の2010年7月の参院選で惨敗、過半数割れとなるも、改選第1党となった自民党も過半数をまとめられなかった。東日本大震災、小沢一郎氏グループ追い出しの果て、野田佳彦内閣の唐突な衆議院解散をうけての2012年12月の総選挙は自民党が圧勝。政権与党に復帰、公明党との連立で3分の2の議席を占める。同年9月の自民党総裁選で選出された安倍氏による第2次安倍内閣となるものの、参議院は過半数割れのままである。その「ねじれ」を解消すべく発せられた安倍首相の意気込みだった。

 『東京新聞』(2013年4月7日付)には日本世論調査会による同年3月30〜31日に行われた世論調査の結果が報道されている。先の安倍首相の発言の3カ月ほど前のことになる。そこには次のような問いと回答がある。
 「問4 国会は今、衆院では与党が、参院では野党が多数を占める〈ねじれ状態〉です。あなたは参院選の結果を受けて、どうなるのがよいと思いますか。
 与党が参院でも過半数を占め、ねじれ状態がなくなる方がよい  68.3%
 野党が参院で多数を占め、ねじれ状態のままの方がよい  24.1%
 分からない・無回答  7.6%」
 思い起こせば、テレビや新聞では「ねじれ国会は悪い」「ねじれは異常事態」といった印象を与える報道がさかんにされていたのではなかったか。そして参院選直前には「ねじれが解消するかが最大の争点」はまだしも、「ねじれ解消」という自民党のスローガンをそのままテレビで連呼していたのではなかったか。
 そのときこそが冒頭の投書が登場すべき場面であって、2014年の夏ではいくらなんでも遅すぎた。ぼくは当時、ひとり「ねじれのままでいいんだよ」とテレビに向かってつぶやいたり、新聞の「ねじれ」という文字をひたすら睨むのみだった。 
 マスメディアのなすべきことは「ねじれ解消の」連呼ではない。衆議院が暴走しないように歯止めをかけるために参議院があり、「ねじれ国会」とは国会が機能している状態なのだという正論を伝えることだったはずだ。
 こういった「ねじれ解消」を叫ぶ報道には下地がある。安倍首相とマスメディアの幹部との会食・懇談が何度か報じられている。一般紙の「首相動静」などでどの程度触れられているかよく知らないが、ネット上にはよく出てくる。調べてみると『しんぶん赤旗』が積極的に報道していて、ネット情報の多くは『しんぶん赤旗』によるものかもしれない。
 2013年1月7日、渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長と会ったのが最初らしい。その後、大手新聞・テレビ・通信各社のほか、地方新聞数社とも会食している。中日新聞・東京新聞も1回だけあった。社によっては社長から局長、政治部長などと人を変えて会食を重ねている。報道各社幹部のほかに、テレビに登場するコメンテーターなども呼ばれている。
 これでは、ジャーナリズムの主要な役割である「権力の監視」は機能しない。読者・視聴者を政権側に有利なほうへと誘導するし、不都合な事柄は報じられない。「報道ステーション」(テレビ朝日系)のメインキャスター古舘一郎氏は、『AERA』(7月14日号)のインタビューで、「ホントのところは新聞も雑誌もテレビも伝えないし、たまに言外に漂わせたり、におわせたり、スクープで追及したりってことはあっても、ほとんどがお約束で成り立ってるわけですね。プロレスですよ、世の中。完全にプロレスです」と明かしている。

 これに加えて情報の受け手側の「鵜呑み度」という問題がある。
 独立系メディア「E-wave Tokyo」共同代表青山貞一氏の「論点 日本人のマスメディア〈鵜呑み度〉は世界一」(2013年2月17日)によると、イギリス国民のわずか14%しか新聞などマスメディアの報道を信頼していないのに対して、日本国民は70%以上が信頼しているという。他の国をみてみても、アメリカ26%、フランス35%、ドイツ36%、ロシア29%であり、逆に日本に近い数値の国をあげると、中国64%、インド60%、フィリピン70%、ナイジェリア64%だという。さらに、年を追って「鵜呑み度」を増しているのは日本だけである。「信頼しているというと聞こえはいいが、要は日本国民は自分の頭で考えず、マスメディアからの情報を鵜呑みにしているということである」と、青山氏はまとめている。

 むかしむかし、森喜朗氏が「こういう人たち(無党派層)は投票に行かずに、そのまま家で寝ててくれればいいんですけれどもね」(2000年6月3日)と言ったことがあった。組織票をもつ自民党にとっては、有権者が棄権したり白票を投じてくれたほうが有利にはたらくということなのだが、2012年12月の衆院選も、2013年7月の参院選もその言葉どおり、自民党にとってうまく運んだようだ。このふたつの選挙について触れてみよう。
 衆院選の投票率は59.2%で過去最低、前回よりも10%も落ちて棄権が目立って多いことが分かる。一部では注目されていた日本未来の党は突然の選挙に準備が間に合わず、党名さえも有権者間に浸透しない状態だった。マスメディアはそれまでの徹底した「小沢叩き」に引き続き、小沢氏所属の日本未来の党の混乱ぶりのみを伝えたほかは徹底して隠し続け、日本未来の党などないも同然としてしまった。
 その結果、票は「自爆選挙」とまでいわれた野田民主党はもちろん、安倍総裁率いる自民党にも流れなかった。民主党の駄目さ加減に導かれて、かろうじて自民党が勝利を収めたにすぎない。有権者は、安倍総裁の人物像も理解できていたし、自民党が政権を握ったら彼が総理大臣に収まることも充分に予測できていたはずだった。そんな日本の将来を左右する重要な選挙にもかかわらず、多くの有権者は森氏の言葉にしたがってしまった。
 半年後に行われた参院選の投票率は52.61%で、参院選では過去3番目の低さだった。マスメディアは、先に触れた「ねじれ解消」報道に加え、自民党優勢の選挙予想や世論調査結果を投票日直前までさかんに伝え、多くの有権者の心理を「自分が投票したところで意味はない」と思わせるところにまで追い込んでいった。さらに7月29日という投票日は子どもが夏休みに入った最初の日曜日で、選挙そっちのけで遊びに出かけた家族も少なくなかったはずだが、これも政権側の策略だろうかとまで疑ってしまう。
 先の衆院選の勝利で勢いづいた自民党は31議席も増やして新勢力を115議席とした。これは公明党の新勢力20議席と合わせ135議席で、与党は参院審議を主導できるという安定多数(129議席)も確保したことになる。「日本のため、このねじれに終止符をうたねばならない。その責任が私にはある」と語った安倍首相は、見事にその任を果たした。

 ぼくは、選挙のたびごとに森氏の言葉を思い出しては、歯軋りしながら行きたくもない投票所へ出かけるのだが、この衆・参両議員選挙は、ひとりでも多くのひとに、歯軋りしてでも這ってでも投票所へ行ってもらいたい場面だった。このふたつの選挙で、安倍政権にはなんでもできるお墨付きを与えてしまったのだ。いま歯軋りしても遅いのである。見ている目の前で、怒濤のごとく国のしくみが変えられつつある。それも多くの国民をより追い詰める方向へと。
 「戦後レジームからの脱却」「積極的平和主義」の基本方針のもと、特定秘密保護法成立、武器輸出三原則撤廃、原発推進のエネルギー基本計画、集団的自衛権行使容認の閣議決定、辺野古新基地建設などなど、やりたい放題だ。理がどこにあるかなどどうでもよいのである。数の論理でなんとでもできてしまう。ぼくらは、こればっかりは「ぐう」の音も出ない。憲法などおかまいなし、テレビでまともな意見を述べていた方々は、ことごとく追い出しを食らったようだ。
 これが、「ねじれ」解消の果てにやって来た現実である。世論調査で「ねじれ状態がなくなる方がよい」と答えた68.3%の方々、自民党に有利な投票行動をとった方々には、この現実を噛み締めていただきたい。もっと乱暴な言葉で罵ってやりたいところだが、柔なぼくでは心許ないので、兵頭正俊氏からガツンと言ってもらうことにする。
 「日本国民は、痛い目に遭わないとわからないバカである」「わたしにいわせれば答えははっきりしている。国民の政治的民度が低く、かてて加えて世界最強の御用メディアが存在し、国民を常に洗脳し、既得権益支配層のために誘導するからである。愚民化の成功の結果が、この愚行選択だったのである」(「兵頭正俊ブログ」2013年7月14日付、7月23日付)
 この9月3日14時、菅官房長官が第二次安倍政権改造内閣の閣僚名簿を発表したが、そのわずか1時間後の15時13分には『ウォール・ストリート・ジャーナル』が「今回発表された閣僚19人(総理を含む)のうち15人が〈日本会議〉のメンバーです」とツイッターを発している。もちろん日本のメディアの多くは触れることなく、おおいに持ち上げてくれるおかげで支持率もしっかりアップ。すべてこれまでどおりで、なにも変わらない。安倍首相の政治姿勢はより強固になり、野党は息をひそめるばかりである。
 ぼくらは指をくわえ、安倍首相みずからの政策で行き詰まるのを待つしかないという哀しさである。しかも自民党政権が倒れようと、それに替わる受け皿がないという哀しさまで加わって、まったくのお手上げ状態である。そんな折、ネット上で偶然見かけた辺野古テント村の写真には、「勝つ方法は、あきらめないこと」とあった。いま、ぼくはこの言葉を噛み締めようと思う。 (2014/09)


<2014.9.11>

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工藤 茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの
<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon