日本が世界に誇る作曲家・武満徹（1930～1996）が残した「うた曲」集の第２弾。2012年に発売した前作『赤木恵子「武満徹うた曲集」』では10曲が収録されていたが、今回は11曲を収録。機微を含んだ特異な名曲に、歌い手・赤木恵子が過剰な装飾を排しながら柔軟な歌唱法で応えている。前作と今作を合わせて21曲、武満徹作曲による「うた曲」の中核が網羅された。

１■ぽつねん（詞：谷川俊太郎　曲：武満徹）……………………4:09　　
２■昨日のしみ（詞：谷川俊太郎　曲：武満徹）…………………2:01　
３■小さな部屋で（詞：川路明　曲：武満徹）……………………3:14　
４■雲に向かって起つ（詞：谷川俊太郎　曲：武満徹）…………2:47　
５■素晴らしい悪女（詞：永田文夫　曲：武満徹）………………1:56　
６■雪（詞：瀬木慎一　曲：武満徹）………………………………2:53　
７■◯と△の歌（詞・曲：武満徹）…………………………………1:15　
８■見えないこども（詞：谷川俊太郎　曲：武満徹）……………3:24　
９■恋のかくれんぼ（詞：谷川俊太郎　曲：武満徹）……………1:29　
10■燃える秋（詞：五木寛之　曲：武満徹）………………………2:54　
11■さようなら（詞：秋山邦晴　曲：武満徹）……………………2:46　

■聴くほどに……、歌うほどに……（赤木恵子）
■収録曲の歌詞
■収録曲の詞と曲について
■作曲家・武満徹～ピアノをめぐるひとつのエピソード（稲積魁太〈いなづみ・かいた〉）
■武満徹の「うた曲」と映画音楽の相関（鰆木周見夫〈さわらぎ・すみお〉）　

　2012年発売の『赤木恵子「武満徹うた曲集」』には、『武満徹：SONGS』（日本ショット社／現・ショット・ミュージック）に収載されている20曲の楽譜のなかから９曲、『日本抒情歌全集３』（ドレミ出版）から１曲の計10曲の武満徹の「うた曲」が収められている。
　この10曲は、自分にとって音域的に無理のない、そして詩も曲想も表現しやすいと思われるものを選んだ。
　しかし、発売されてその後、レコーディングから外してしまった11曲が気になってしかたがなかった。
　私が『武満徹：SONGS』を買い求めたのは12年ぐらい前と記憶している。それ以来何度も歌ってみたが、歌うほどに魅せられていた。なんのてらいもない、心に素直に入ってくる自然なメロディーと感じるときもあれば、逆に、どうすればこんな旋律を生み出すことができるのかと、ある種の凄さを感じることもあった。
　そこで、自分の手許にある21曲の他にどんな「うた｣があるのか楽譜を探してみたが、見つけることができなかった。そうなると歌い残した11曲がますます気になり、２作目に挑戦することを決めたのだった。
　ただ、いざレコーディングに向けて練習に入ってみると大変だった。表現の難しさなどの点で選び残されていた曲がほとんどだったわけだから、大変なのは当然といえば当然。
　武満の「うた曲」は、１曲ごとに曲想が変化に富んでおり、その分だけ表現方法に多様性が求められる。もちろん詩の内容にもよるが、歌い手に「あなたはこれをどう歌いますか」と暗に迫ってきているように思わせる曲もある。
　たとえば「ぽつねん」。レコーディングに向けて練習を開始した当初は、少し暗めに歌っていたが、途中で、この曲は自嘲的な意味を含めて明るめに歌ってみてはどうだろうか……、いや、それとも単純にユーモラスに表現してみたら……、でもこの歌はやさしさが感じられるものにしたい……というように、迷い悩むことが多かった。
　こうして、どうにかレコーディングまでこぎつけることができた。
　途中で体調不良なども重なりメゲそうになった私に力を与えてくれたのは、前回の「武満徹うた曲集」を聴いてくださった方々の「自分は音楽に詳しくないのでどれも初めて聴く曲だったけど、聴けば聴くほどいい歌だなーと思う」という声だった。
　レコーディングを終えて、マスターディスクを聴いてみてふと気づいた。前作と比べて声に少しの明るさがある。前作は東日本大震災をはさんでの練習だった。歌がこんなにも心を映すということにあらためて驚かされた。と同時に、時の流れというものがやさしさと冷たさを合わせもつことを思った。
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2014年11月


＜CDアルバム『赤木恵子「武満徹うた曲集」②ぽつねん〜さようなら』ブックレットより＞　　

「ぽつねん」と「昨日のしみ」は、月刊誌「ザ・ゴールド」（JCB発行）の企画〈谷川俊太郎・旅の手帖〉のなかの一環としてつくられた。1995年１月号から96年３月号まで。谷川の詩に武満徹、三善晃、谷川賢作、小室等、矢野顕子、林光の６人の作曲家が曲をつけるというもので、武満が担当したのは、95年４月号掲載の「ぽつねん」と10月号掲載の「昨日のしみ」。初演は翌96年６月６日だったが、残念ながら武満はその年の２月にこの世を去っていた。

「小さな部屋で」は、ラジオ番組「私の歌」（新日本放送／現・毎日放送）のために作曲され、1955年８月の歌として放送された。当時の日本は、経済成長期に入る前。詞の内容には、その頃の一般市民の生活状況が反映されていると思われる。作詞は、バレエ・ダンサーの川路明が担当した。川路は、バレエ「失楽園」（1950年）の作・演出者として知られていた。

「雲に向かって起つ」は1963年５月から30回にわたってNET（現・テレビ朝日）で放送された同名テレビドラマの主題歌。ドラマの原作は石原慎太郎の同名小説。正義感の強い新聞記者の主人公を北大路欣也が演じ、当時の若者の理想像が描かれた。藤木孝が歌っている。

「素晴らしい悪女」も、石原慎太郎の短編小説「明日は船出を」が原作になっている映画「素晴らしい悪女」（恩地日出夫監督／東宝／1963年）の主題歌。主役のプエルトルコ人を演じた鹿内タカシが劇中で歌った。スペイン語の歌詞は、ラテン音楽評論家の永田文夫が書いている。

「雪」は、「雲に～」「素晴らしい～」と同年の1963年につくられている。橋本忍のオリジナル脚本によるミステリー・サスペンス映画「白と黒」（堀川弘通監督／東京映画）の挿入歌。フランス語の歌詞をつくった瀬木慎一は美術評論家。初演者は岸洋子。映画では、恩師の年若い妻を殺した弁護士役を仲代達矢、東京地検の検事役を小林桂樹が演じている。

「○と△の歌」は、ドキュメンタリー・タッチの映画「不良少年」（羽仁進監督／岩波映画／新東宝／1961年）の主題歌。主人公少年（山田孝男）が歌った。当初、武満がつくった曲を羽仁が気に入らず何度も書き直したというエピソードが残っているが、後年、武満は当時の羽仁の意見が正しかったことを率直に語っている。
　同じく羽仁進監督の映画「彼女と彼」（岩波映画／1963年）の主題歌が「見えないこども」。映画公開時のタイトルは「まだ生まれない子ども」で、岸洋子が歌った。映画の脚本は、羽仁と清水邦夫との共作。

「恋のかくれんぼ」は、小説「男装の麗人」の作者として知られる村松梢風の３つの短編をもとにつくられた映画「斑女」（中村登監督／松竹／1961年）の主題歌。ペギー葉山によって歌われた。直木賞作家・村松友視は梢風の孫にあたる。

「燃える秋」は、五木寛之の同名小説を映画化した作品（小林正樹監督／三越／東宝／1978年）の主題歌。五木が曲に歌詞をつけ、武満自身がピアノ伴奏譜を書いた。

「さようなら」は、「小さな部屋で」と同じく新日本放送のラジオ番組「私の歌」の1954年３月の歌として放送された。作詞は、詩人で音楽評論家の秋山邦晴が担当した。作曲家の武満、ピアニストの園田高弘、美術作家の北代省三らと、51年に、のちに詩人の瀧口修造から「実験工房」と名付けられる横断的芸術家グループを結成していた秋山はフランスの作曲家エリック・サティの研究者としても知られる。

＜CDアルバム『赤木恵子「武満徹うた曲集」②ぽつねん〜さようなら』ブックレットより＞　　

赤木恵子「武満徹うた曲集」