いま、思うこと15 of 島燈社(TOTOSHA)

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いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜

第15回/工藤茂
靖国参拝をめぐって

 2013年の暮れも押し迫った12月26日、安倍首相は靖国神社に参拝した。中国・韓国にとっては侵略者であるA級戦犯を祀る靖国神社への参拝である。当然ながら両国からの猛烈な反発は織り込み済みで、正面から喧嘩を売ったということである。
 これに先立つ11月12日、小泉純一郎元首相は日本記者クラブで「私が首相を辞めたあと、(首相は)一人も参拝しないが、日中問題はうまくいっているか。外国の首脳で靖国参拝を批判するのは中国、韓国以外いない。批判する方が今でもおかしいと思っている」と発言している。安倍首相の今回の参拝に際して、小泉氏から激励のようなものがあったとしても不思議ではない。
 一般的な感覚からすれば、相手が嫌がることを知っていてなぜわざわざということになるが、首相官邸ホームページに「中国、韓国の人びとの気持ちを傷つけるつもりは、全くありません」という談話を発表している。この言い分が世間で通用するものではないことは、だれにでも分かることだろう。傷つけるつもりがないのなら行かないはずである。これに加えて菅官房長官の「内閣総理大臣たる私人としての安倍晋三というかたち」だという会見での説明も意味不明で、一般に通用するものではない。少なくとも、休日に議員バッジをはずしての参拝ではなかったことはたしかだ。

 安倍首相はかねてより靖国参拝に意欲を燃やしていたといわれる。したがって、中国・韓国を刺激することを懸念したアメリカは安倍首相に何度も警告していた。
 5月に訪米した安倍首相は、外交専門誌『フォーリンアフェアーズ(Foreign Affairs)』の取材にこたえて、アメリカのアーリントン国立墓地を引き合いに出して「靖国神社は国のために命をささげた人々を慰霊する施設であり、日本の指導者が参拝するのは極めて自然で、世界のどの国でも行っていることだ」と述べている。これを否定するように10月3日、来日したケリー国務長官とヘーゲル国防長官は千鳥ヶ淵戦没者墓苑に献花し、「日本の防衛相がアーリントン国立墓地で献花するのと同じように戦没者に哀悼の意を示した」と述べた。靖国神社は遺族の意向も考慮なく一方的に祀る神社本庁には属さない神道施設であり、アーリントン国立墓地はどんな宗教をも受け入れ、遺族が希望しない埋葬は行っていない。
 11月中旬、衛藤首相補佐官が安倍首相の靖国参拝をめぐる協議のために訪米した際のアメリカ側からの反応は、「オバマ大統領が理解を示すことはない」「参拝すれば日米関係を害するだろう」「日本の評判を落とし、日本のアジアにおける影響力低下を招く」など、否定的なものばかりだったという。
 12月上旬、アメリカのバイデン副大統領は緊張緩和仲介のために日本・中国・韓国を訪問した。日本では安倍首相とも会談している。帰国後の12日、安倍首相に電話をかけ「靖国参拝だけはしないように」と釘を刺したという。もしこれが事実ならアメリカの警告を無視しての参拝であり、確信犯ということになる。
 参拝後の中国や韓国の反発は当然だったが、アメリカの反応も早かった。26日当日、アメリカ大使館は「日本は大切な同盟国であり、友好国である。しかしながら、日本の指導者が近隣諸国との緊張を悪化させるような行動を取ったことに、米国政府は失望している」というプレスリリースを出した。翌日、これと同内容の声明が国務省からも発表された。アメリカ政府から日本の首相に対する公式文書での批判は初めてのことらしい。元外交官で京都産業大学教授の東郷和彦氏は「同盟国に対して『失望した』と言うことの恐ろしさを知ってほしい。外交の世界で同盟国にこんなにはっきり言うのは異例だ」と述べている(『朝日新聞』2013年12月29日付)。
 小泉氏が靖国参拝をしたころとは政治情況が大きく変容しているのである。小泉氏も首相時代(2001年4月〜06年9月)に中国・韓国に対して挑発的な言動を繰り返していたが、2012年の石原慎太郎氏の尖閣諸島購入発言以降日本側の暴走が始まり、中国・韓国側の反発はより強まってきていた。そしてアメリカが仲介に入って収めようとしているところでの参拝だった。アメリカ側もさぞかし落胆したことと思われる。安倍首相の「中国や韓国にもていねいに説明していきたい」(2014年1月6日)という言葉など、まったく空気の読めていないものでしかなかった。

 非難声明は中国・韓国・アメリカだけで済んだわけではなかった。台湾やロシア、イギリス、フランス、EU、オーストラリア、国連事務総長も声明を発表した。国連安保理常任理事国すべてがふくまれることになる。小泉氏の言った中国・韓国どころか、第二次世界大戦の戦勝国を敵にまわした形になってしまった。安倍首相にとっては、とくにヨーロッパの反発の大きさは予想外だったのではないだろうか。
 ヨーロッパでは靖国神社参拝をどう受け止めたのか。スイスで生まれ育ったというタレントの春香クリスティーンさんが、出演したテレビの情報番組で「海外でよくこの問題と比べられるのが、もしもドイツの首相がヒトラーの墓に墓参りをした場合ほかの国はどう思うのかという論点で議論されるわけですが……まぁ難しい問題ですよね」と発言したところ、彼女のブログには「謝罪しろ」「ヒトラーと同列に扱うとは失礼にもほどがある」「歴史認識不足だ」などの抗議や批判が殺到し炎上したという。
 しかしながら、「もしベルリンにヒットラー以下の全ドイツ将兵を祀った大聖堂があり、そこにメルケル首相が花束を供えてぬかづいたら、大方の欧米人は平静でいられるでしょうか? 靖国神社は日本人には清らかな存在でも、欧米人にとっては不気味な存在であることを理解すべきです」といった、春香クリスティーンさんを応援するようなツィートも少なくない。これが世界のニュートラルな意見と受け止めてよいのではないかと思う。
 ベルリン在住のジャーナリスト・梶村太一郎氏のブログ(「明日うらしま」)には、「世界中の報道で安倍氏の靖国参拝に理解を示す、あるいはそれを支持する報道は、虫メガネで捜してもひとつもありません。あるのは日本の産経と読売など安倍政権翼賛メディアだけなのです」「ある政権を批判する欧米のメディアが、歴史修正主義という表現を使ったときは、その政権は相手にできない落第の烙印を押されたことと同様であるということです」といった厳しい言葉が頻出する。梶村氏のブログにある「世界中があきれ懸念する安倍内閣と日本社会の〈靖国引きこもり症〉という病氣」と題する重い内容の論考を、ぜひご一読いただきたい。1月12日で5回までの連載となっているようだ。
 日本と同じ枢軸国、ドイツのメルケル首相は積極的にはコメントしなかった。触れたくなかったにちがいない。報道官が記者からの質問にこたえ、「日本の内政に関してコメントしたくない」と前置きしたうえで「一般論として、すべての国は20世紀の災厄におけるみずからの役割について、ふさわしい行動を誠意をもってとるべきだ」と、明らかに批判的に述べた。
 海外のマスコミからの反響もすさまじかった。なかでも『ニューヨーク・タイムズ』の「Risky Nationalism In Japan [日本の危険なナショナリズム]」と題した社説は手厳しい。
 「安倍氏とそのサポーターにとって問題は、ヒロヒト天皇もアキヒト天皇も参拝を拒否していることだ。安倍氏の究極目標は憲法を書きかえることだが、アキヒト天皇は政治的な権限がないにもかかわらず承認していない。先日の80歳の誕生日で彼は〈平和と民主主義というかけがえない価値〉を守る戦後憲法をつくった人々に感謝のことばを述べている」

 このような指摘は国内でもたびたびなされているのだが、これに対する安倍首相自身、あるいは政府の見解は明らかにされたことがない。そして、靖国神社ではなく千鳥ヶ淵戦没者墓苑への参拝ではいけない理由も明らかにされたことがない。もっとも千鳥ヶ淵戦没者墓苑、靖国神社の双方に出かけても意味がないのだが。ただ安倍首相は、新たな施設をつくることは明確に拒否している。
 年が明けてもまだ続く。2014年元日、新藤総務相が靖国神社へ参拝した。批判がおさまらないなか、火に油を注ぐような参拝だったが、硫黄島で戦死した栗林中将の孫というから確信犯的なものだ。「日本はこういう国だ」と世界に向けてダメ押しした格好となった。
 さらに1月4日、小野寺防衛大臣とヘーゲル国防長官の電話協議があった。これは昨年暮れに予定されていながら、安倍首相の靖国参拝の影響で延期されていたものだった。小野寺防衛相は、安倍首相の真意はあくまでも不戦の誓いであって近隣諸国との関係悪化は望まないということだと説明して理解を求め、それに対してヘーゲル国防長官からのコメントはなかったというニュースが流れた。ところがこの日本の報道にアメリカ国防総省が反発し、安倍首相の靖国参拝について「日本が近隣諸国との関係改善に向けて行動するとともに、地域の平和と安全のために協力を進めることが重要だ」との声明を発表し、小野寺防衛相は外遊先のインドで記者からの質問に答え、ヘーゲル国防長官から言及があったことを認めた。なんともお粗末な話だが、どうにかしてアメリカからの反発を隠したかったように見受けられる。

 あくまでも日本政府は強気である。菅官房長官は1月3日付の『読売新聞』でのインタビューで「日本の立場を捨ててまで韓国や中国と首脳会談を行う必要はない」と開き直っている。まさに「強い国」日本の政府高官による、世界の眼を意識におかない発言で、自分たちは正しい、間違ってはいないという姿勢は戦前の日本そのままのようでもある。
 石原慎太郎氏は、2011年6月20日に憲政記念館で行われた講演で、「日本は核を持たなきゃだめですよ。核を持たなきゃ一人前に扱われない」「日本が生きていく道は軍事政権を作ること」「徴兵制もやったらいい」といった発言をしている。安倍首相の考えは石原慎太郎氏とまったく同じとまでは言うつもりはないが、かなり近いものに思える。
 共同通信による2013年暮れの世論調査では、安倍内閣の支持率は55.2パーセントとけっして低くはないのだが、世界は安倍首相の危険性を見抜いている。いまの日本は病んでいる。安倍政権の目指す方向は、世界の多くの国が目指す方向に逆行しているようだ。1933年(昭和8年)3月、日本は国際連盟に脱退を通告したが、いままたサンフランシスコ講和条約の破棄を通告し、同じ道を歩むことのないように祈るのみである。
 1月19日の沖縄県名護市長選挙では辺野古移設反対派の現職稲嶺氏が、福島県南相馬市長選挙では脱原発派の現職桜井氏が、どうにか信任を得ることができた。続いて2月9日の東京都知事選挙、そして山口県知事選挙でも自民党系候補を破ることによって安部自民党政権をうろたえさせ、暴走を食い止めなければならない。迫り来るファシズムとの闘いである。

  *梶村太一郎氏のブログ「明日うらしま」
http://tkajimura.blogspot.jp/2013/12/blog-post_28.html
                                     (2014/01)

<2014.1.21>

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工藤 茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの
<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon