いま、思うこと27 of 島燈社(TOTOSHA)

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いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜

第27回/工藤茂
あの「トモダチ」は、いま

 2014年10月30日、世界の金融ニュースやマーケット情報を配信しているブルームバーグは、次のようなニュースを報じた。
 「2011年に起きた東日本大震災の救助活動に従事した米海軍の兵士らが、東京電力の福島第一原子力発電所の事故で被ばくしたとして損害賠償などを求めている問題で、米カリフォルニア州の連邦地裁は同州での訴訟を認める判断を下した」
 少し詳しく解説すると、訴訟を起こしているのはアメリカ海軍の兵士239人。福島第一原子力発電所事故での支援活動「トモダチ作戦」に従事したときの被曝で健康被害を受けているとして、東京電力を訴えている裁判である。これに対し東京電力側は日本での審理を求めたところ、サンディエゴ連邦地裁がそれを退け、アメリカでの集団訴訟を認めたということである。
 「日本での審理は適切な選択肢ではあるが、公民双方の利益のバランスを勘案したところ、米国の裁判所で進行する方が都合が良いであろう」と連邦地裁は文書で説明している。また訴えられた東京電力側は、自社の責任を認めつつも、米軍側にも責任があったとの主張である。
 テレビ、新聞ではあまり報道されないようなので気になったのだが、やはりネット上のメディアを頼りにするしかないようだ。情報を探ってみると、「OurPlanet-TV」がこのニュースに関連して、興味深いインタビューを行っていた。「OurPlanet-TV」は原発問題では、これまでもぼくはたびたび参考にしてきている。

 「OurPlanet-TV」では、昨年10月にアメリカの同原告団の弁護士と面談してきた「原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会」の共同代表で弁護士の呉東[ごとう]正彦氏のインタビュー動画を掲載している。この内容の多くは、われわれにはほとんど知らされていない事柄なので紹介しておきたい。
 「原子力空母の横須賀母港問題を考える市民の会」とは原子力空母の横須賀母港化阻止を訴える市民団体で、1998年に活動を始めた。米軍横須賀基地が原子力空母の母港になると、搭載された原子炉修理のために、放射能を帯びた機材や放射性廃棄物、放射性物質をふくむ一次冷却水が、基地内の放射能作業施設内に搬入され、作業中の放射能漏れや、原子炉出力テスト時の事故の可能性が格段に高まることになる。
 さらに今年の秋には、原子力空母ロナルド・レーガンの横須賀基地配備が予定されていることにあわせて、呉東氏ら会員ふたりが渡米してトモダチ作戦従事者の健康被害裁判の担当弁護士と面会したうえで、詳細な被害実態の資料を入手してきた。

 2011年3月11日、アメリカ海軍の原子力空母ロナルド・レーガンは、米韓合同軍事演習のため兵士5,000人を乗せて、日本近海を韓国に向けて航行中だった。午後2時46分、東北地方太平洋沖地震が発生する。12日未明(日本時間)、アメリカのオバマ大統領は菅直人首相への電話で、ロナルド・レーガンを消防ヘリなどの着艦や給油、医療支援のため、日本で活動させる方針を明らかにした。これは前日にあった日本側からの救援要請へ応じたものだ。
 13日、ロナルド・レーガンは7隻の艦船とともに三陸沖合に到着し、東北地方沿岸海域で約80日にわたって、救援物資の輸送や行方不明者の捜索などの活動にあたった。いわゆる「トモダチ作戦」ある。
 アメリカ政府が用意したトモダチ作戦の予算は最大で68億円といわれ、それに対して2011年4月11日に発効した特別協定によって日本政府がアメリカ政府に支払う「思いやり予算」は年1,881億円で5年間という膨大な金額で、「これで本当にトモダチなのか?」と言いたくなる側面もあるのだが、今回はそこには踏み込まない。
 ロナルド・レーガンが三陸沖に到着する前日の12日、福島原子力発電所1号機が爆発し、大量に放出された放射能プルームが漂っているなかに兵士たちは到着した。放射能警報機が鳴ったという証言もあるが、ちょっとおかしいなと感じつつも、彼らは吹雪のなかで約5時間の甲板作業を行っている。放射能を浴び続けた状態で、防護服ではなく通常の軍服の着用での作業だった。線量計の着用とヨウ素剤の服用は士官のみで、若い末端の兵士たちにはなかったという。さらに、この日以降も同様の環境のなかで除染作業などを続けている。
 トモダチ作戦の兵士たちは早々に90キロ圏外に避難したという報道があったが、実際には初期の高線量の放射線を浴びていた。今回入手した陳述書のなかには、かなりのホットスポットともいえる、換気口近くにあるベッドで寝ていた兵士もいて、そこに缶詰にされた状態で半年間過ごしたという。またロナルド・レーガンは、海水を汲み上げて塩分を抜いて飲料水として用いていたが、3月15日になってそれをやめたという。2〜3日は相当放射能汚染された水を飲んでいたことになる。

 手元に「フクシマの1週間証言—-米NRC(原子力規制委員会)会議録」(『東京新聞』2012年3月13日付)があるが、その記事から事故1年後に明らかにされた証言をみてみる。引用にあたっては、数字表記を算用数字に改めた。
 2011年3月13日  
 ドナルド米海軍大将「日本洋上に展開していた空母『ロナルド・レーガン』で通常の2.5倍の放射線を検知し、原発から185キロ沖合に離れるよう指示した。これまで考えていたより、おそらく深刻な状態だ。92キロ沖合にいた日本の旗艦に着陸したヘリ1機と船上に降りた乗員からも2,500dpm(42ベクトル)の放射能が検出された」
 ボスマン・米エネルギー省副長官「5,000dpmだ。今回の観測結果は通常値に比べてどうか」
 出席者「通常の30倍程度では。46キロ沖でも検出しないレベルだ」
 ボスマン氏「周辺住民ならどの程度まで許容できる」
 出席者「10時間で限界だ」
 バージリオ事務局次長(原子炉担当)「空母で検出した放射能から185キロ沖合でも放射性プルーム(雲)の影響があったといえる」
 出席者「空母から新しい情報が入った。240キロ沖合に移動し、1時間あたり0.6ミリレム(0.006ミリシーベルト)のガンマ線を検出した。空母上空の大気から採取した」
 出席者「昨日、ベントした影響と符合する」

 新聞やテレビでみたSPEEDI画像の印象から、放射能は北西ばかりへ流れた印象が強いのだが、当時、風は西から東へ、つまり陸から海へも吹いていて、ロナルド・レーガンの兵士たちも高線量の放射性プルームの襲撃を受けていたのである。
 呉東氏の取材によると、原告は20代の若い兵士が多く、彼らの実際の健康状態がまとめられてあるが、すでにふたりが亡くなっている。
 ・骨肉腫で死亡。〈2014年4月、30代〉
・ 白血病で死亡。〈2014年9月、20代〉
・運転中に意識喪失、発熱、体重減のため車椅子生活。
 ・股関節異常、脊柱炎、記憶喪失、耳鳴り。
 ・多発性遺伝子異変の子が生まれる。
 ・頭痛、顎に腫瘍、全身痙攣、大腿部異常、眉間異常。
 ・頭痛、疲労、肩胛骨肥大、足に腫瘍。
 ・潰瘍、腹痛、吐き気、体重減少、偏頭痛、胆嚢摘出。
 ・偏頭痛、睡眠障害、疲労、記憶障害、耳鳴り、直腸出血。
 ・腹痛、うつ不安、睡眠障害、白血病、甲状腺のう胞。
 ・脳腫瘍、耳鳴り、疲労、偏頭痛、目眩。
 ・生理不順、子宮出血、偏頭痛。
・ 甲状腺障害(バセドウ病)、作戦中は鼻血。
 このなかの多発性遺伝子異変の子が生まれた例では、当時妊娠中で2011年10月に出産した女性兵士で、裁判では母子双方が原告となっている。また、ひとりがひとつの症状ではなく、ひとりが甲状腺異常や筋肉系や胃腸の異常のほかに発熱など複数の症状を抱えている例が多い。
 こういった兵士たちは勤務を続けることが困難になり、やむを得ず20代で除隊したがその後の手当もつかず、補償ももらえず大変な生活状況に追い込まれているひとが多数いる。いまでも現役で勤務している兵士は原告のなかの3分の1にすぎないという。
 呉東氏は語る。「私自身も正確なこの被害の実態を知らなかったわけだけれど、このトモダチ作戦に参加した水兵たちの被曝の実態というのは、ある意味で言えば、日本中のどこよりも深刻に福島原発の事故の被害を受けた人たちであるという可能性があるということですね」

 追い打ちをかけるように、とんでもない状況を聞かされることになる。アメリカ海軍は彼らを見捨てているというのである。つまり海軍は、彼らの症状はトモダチ作戦で生じたものではないとしていて、日本政府はアメリカ政府にしたがって「関係ないこと」という態度だという。となれば東京電力も「関係ない」という立場になるのは当然である。
 ぼくが得ている別の情報では、兵士たちはトモダチ作戦のあとに、「われわれは医学的に良好な状態であり、病気ではないこと、そして米国政府を訴えることはできない」という文書に署名させられていたという話もある。
 今回の訴訟は、ひとりの女性兵士が弁護士に相談に行ったことから始まった。相談を受けた弁護士は、同様の被害がもっと出てくるのではないかと、基地に行って多くの兵士に聞き取りを行ったところ、「じつは自分も」と名乗りを上げてきた兵士が多数現れた。そして、いざ裁判が始まったというニュースが流れると、「自分もだ」と増えてきて、239人までふくらんでいったという。求められている損害賠償は総額10億ドル(1,020億円)という巨額なものである。この訴訟を日本を舞台にすすめて自社に有利に展開させようとした東京電力だが、米カリフォルニア州連邦地裁はそれを阻んだのだ。厳しい判決がでても不思議ではない。

 この訴訟の今後の動きを注目しておきたい。現在、日本国内で福島原発事故関連の国相手、東電相手の訴訟がどれだけあるのか正確には抑えていないが、アメリカのこの訴訟の動向は、国内の訴訟にも大きな影響を与えることになるのではないか。
 一度は素直にそのように思ったのだが、名張毒ぶどう酒事件や袴田事件、狭山事件、砂川事件、小沢裁判などをめぐる日本の司法を振り返ると、そういう期待は安易すぎるように思えてきた。国連拷問禁止委員会で、中世のものだと指摘されたこともある日本の司法である。                (2015/01)


<2015.1.17>

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工藤 茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの
<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon