いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第62回:慰安婦像をめぐる愚
11月中旬、大阪市の吉村洋文[ひろふみ]市長が、アメリカ、サンフランシスコ市との姉妹都市提携を解消する方針というニュースが流れた。2012年9月の民主党野田政権による尖閣諸島国有化と同じくらい乱暴な話だと思った。
『東京新聞』(2017年11月24日付)によれば、サンフランシスコ市議会は11月14日、民間からの旧日本軍の慰安婦問題を象徴する少女像設置を受け入れる決議を採択した。吉村市長は、寄贈を受け入れれば「姉妹都市の信頼関係がなくなる」として繰り返し解消を表明していたが、リー市長は署名に踏み切ったという。安倍晋三首相も「極めて遺憾だ」とコメントを出してリー市長に対して決議拒否を求めていた矢先のことだった。これをうけて吉村市長は、12月中には姉妹都市解消手続きを完了させるという。ただ強硬な市長に対して大阪市議会、とくに自民党と公明党はいたって慎重な姿勢らしい。
同日の夕刊をみると「大阪市長との面会拒否」という見出しだった。吉村市長はこの問題でリー市長に面会を要請していたところ、「交渉、議論の余地はない」として拒否、署名を済ませてしまったという。どうやら、まったく相手にされなかったようだ。
吉村氏といえば大阪維新の会の政治家で、前大阪市長だった橋下徹氏に近い人物である。橋下前市長の退任に伴い衆議院議員を辞して大阪市長に選出されている。
おそらく新聞では書けない何かがあったのであろうと、ぼくなりに調べ書きはじめていたところ、『東京新聞』(同年12月9日付)が「こちら特報部」で大きく取り上げてしまった。近い内容のものになるかもしれないが、あくまでもこちらのスタンスでまとめることにする。
最初の報道の翌日、つまり11月25日にはネット上にさまざまな情報が飛び交った。とくに注目したのが翻訳者・通訳者の勝見貴弘氏のツイッターだ。議会で男性が発言している様子を映すモニター画面の写真や動画がアップされ、発言の訳文も付されていた。勝見氏については何も知らないが、信頼に足るものと確信し参考にさせてもらうことにした。
舞台は2015年9月17日、サンフランシスコ市議会の慰安婦像設置に関する公聴会である。 席上、スピーチを行った元慰安婦の韓国人女性李容洙[イ・ヨンス]氏に対し、参加していた日系団体から「従軍慰安婦はすべて捏造だ。あの売春婦は嘘つきだ」と攻撃する騒ぎがあった。
審議のあとでデビッド・カンポス監理委員が発言を求め、つとめて冷静に語りはじめた。氏の声は静まりかえった議場内に響き渡り、途中大きな拍手も起こった。発言は短いものではないので、核心部分のみを、勝見氏がネット上にアップした文章そのままに紹介する。
「この議場に来られた方々の中で、過去に起きたことを否定するために声を上げられた、聴衆の一部の方々に対しては申し上げたいことがあります。これは最大限の愛と敬意を込めて申し上げることですが、恥を知りなさい。恥を。過去に起きたことを否定する自分たちを恥じ、そしてここにおられるグランマ・リーさんを、勇敢にも、地球の裏側からこの地を訪れ、自らの真実を語った彼女を、個人的に攻撃したことを恥じてください。
これは不思議なことなのですが……ところで、私はこの事実否定の裏に日本政府が居ないことを願っています。日本政府の取組みは評価しているので、このようなことに荷担してはいないと願います。もし荷担しているならば、二重の罪を犯したことを意味するからです。加害の上に侮辱を重ねたことになるからです」
さらにカンポス氏は李容洙氏に向かって次のように述べる。
「そしてグランマ・リーさん。ここであのような発言がなされたことについては、お詫びするほかありません。ただ、この国は民主国家で、言論の自由が認められており、その言論の自由の一部にはヘイトに満ちたことを発言する自由も、根拠のないことを発言する自由も、認められているのです。
彼らの嘘や無知の問題は、彼らが過去何が起きたかを否定すればするほど、そして彼らがあなたのような人を攻撃すればするほど、このモニュメントが必要であることを証明してしまうことにあります。なぜなら、これだけの年月を経ても否定し続ける人びとがいるのならば、尚のこと、その証となるものの存在が重要になるからです」
先に記したように市議会は今年の11月14日、慰安婦像の寄贈を受け入れる決議を全会一致で採択した。リー市長は、決議から10日後の24日までの間に拒否権を行使することが許されていた。吉村市長も安倍首相も拒否権行使を求め、最後には姉妹都市関係解消までも持ち出した。
書簡での要求だったが、内容からいえば脅しに等しいものだったようだ。リー市長は「本意ではないが、関係解消もやむなし」と回答したという。恐らく吉村市長はそんな反応を予測していなかった。脅せば折れるとでも考えていたのだろうか。吉村市長は慌てて関係解消回避のために面会を申し入れ、拒否される。恫喝しながら面会を求めるようなやり方には応じるわけにはいかなかっただろうし、2年前の公聴会での嫌な出来事も判断に影響を与えたはずだ。
勝見氏は、大阪市のホームページに公開されている互いの英文書簡や、大阪市側による訳文を詳細に検討している。そこでわかったことは、大阪市側の翻訳が不充分で、サンフランシスコ市側の意図を読み切れていない部分があったほか、大阪市側の言い分には内政干渉と受け取られる部分もあったようだ。いずれにしろ、安易に「姉妹都市関係解消」など持ち出すべきではなかった。さらに、リー市長が面会を拒否したと報道されているが、その際の文面が大阪市の公開情報には見当たらないという。
ところで2年前の公聴会で暴言を吐いた日系団体とは、「歴史の真実を求める世界連合会」という東京とカリフォルニア州サンタモニカに本拠をおく団体である。日本法人の会長は外交評論家の加瀬英明氏、アメリカ側の代表が元南カリフォルニア大学教授の目良[めら]浩一氏となっている。公聴会で発言したのは目良氏自身だという。
加瀬氏は日本会議代表委員、目良氏は日本再生研究会(南カリフォル二ア)理事長となっている。目良氏はカリフォル二ア州グレンデール市での慰安婦像設置問題でも同様の活動を行っている。こういったひとびとが日本政府と連携しながら、アメリカ各地でこのような活動を行っているのだ。
『東京新聞』「こちら特報部」の取材で、目良氏はカンポス氏を「無知」と非難しているが、カンポス氏はサンフランシスコ市議であり、ほかにもいくつかの公的な職務を担っている。氏の充分すぎる学歴、経歴を勝見氏が調べ紹介してくれているのだが、それは伏せておく。ただ14歳で両親とともに移住してきたラテン系アメリカ人(ラティーノ)であり、マイノリティに対しては充分に配慮をもって接する人物だという。
カンポス氏を無知という目良氏たち日系団体の公聴会での発言について、勝見氏は次のように記述する。目良氏も充分すぎる学歴、経歴をお持ちの方なのだが。
「日系団体や日系アメリカ人たちの言葉は、どうしても(書き)起こす気になれなかった。あまりにも酷く、粗暴で、勝手で、場を弁えておらず、文化人(国際人)としての姿勢に欠け、書き起こす価値を見いだせなかったからだ。だから今後も彼らの汚い発言を起こすことはない。敢えて『汚い発言』と言う」
今回の出来事に関して、いろんな方がさまざまなツイッターを流していたが、そのなかからふたつ紹介しておきたい。
「大阪市長がサンフランシスコ市との姉妹都市関係を解消を表明する一方で、カリフォルニア州は、この9月、第二次世界大戦中の日本人強制収容についての教育プログラムに助成する州法を成立させています。歴史に学ぼうという姿勢があるのはどちらでしょうか」
「ちなみに、日本にもアンネ・フランク像やホロコースト記念館があります」
カンポス氏の発言にもあったが、この慰安婦像はモニュメントなのである。かつて旧日本軍が行った人権蹂躙の事実を認識し、再び同様のことが行われないことを祈るモニュメントなのである。批判の対象は旧日本軍の行為や制度であって、日本や日本政府ではない。そのことを大阪市や安倍政権、目良氏は理解できていないのではなかろうか。
日本国内をみれば、目良氏や安倍政権のような発言が多数派になってきているように思われ、暗澹たる気持ちになる。しかしカンポス氏の発言にあるように、このような過去の出来事を否定すればするほど、同様なモニュメントが世界中に増殖するだろうし、韓国のように抗議のための像がところかまわず並べられるようになる。「日韓合意」は結んだにしろ、安倍政権は本音では認めていないのだから、いつまでも抗議は続く。
12月13日、中国の南京大虐殺記念館で追悼式典が開かれたが、この問題も同根である。最後になるが、同じ13日、リー市長の訃報が流れた。吉村市長は同日の幹部会議でサンフランシスコ市との姉妹都市提携の解消を正式決定したが、来年6月以降の新市長就任を待って通知するという。 (2017/12)
<2017.12.14>
公聴会にて発言するカンポス監理委員(勝見貴弘氏のツイッターより)