いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第81回:外交の安倍!?
7月12、13日、共同通信による参議院議員選挙の動向を探る世論調査が行われ、その結果が報じられていた(『東京新聞』2019年7月14日付)。さほど驚くような内容ではなかったが、唯一仰け反ってしまうような項目があった。
安倍晋三首相の外交を評価するというひとが59.8%に達しているのだ。約60%、これはすごい数字である。そういえば、「これだけ世界を動かした総理大臣がかつていたでしょうか」と、歯の浮くようなお世辞を言っていたのは萩生田光一自民党幹事長代行だったろうか。
しかしこの結果をみると、世間のひとびとは萩生田氏の言葉どおりに受け止めていて、ぼくなどはただのひねくれ者でしかないのかもしれない。ぼくの目や耳に入ってくるのは「無残な安倍外交」「蚊帳の外外交」などという言葉ばかりで、順調にいっているものなど、ひとつもないだろうと言いたいくらいなのだが。
中国とは民主党政権下で尖閣諸島の国有化以降に揉めはじめ、最近になっても上辺だけの良好関係を装っているだけにすぎない。ロシアのプーチン大統領とは26回も会談し、3,000億円の経済協力を約束させられた挙げ句、歯舞、色丹の2島返還協議は拒否されるという失態。北朝鮮の拉致問題はどうか。条件をつけずに金正恩委員長と会うとは何度も言ったものの、結局トランプ大統領にお願いするだけのこと。アメリカとは良好な関係が築けているのかと思いきや、何もかも言われるがまま、「売国的下僕外交」(横田一氏)とまで言われている。
なかでも、このところのぎくしゃくした日韓関係は尋常ではない。テレビの取り上げ方をみていても、外交や政治の専門家たちが日本政府側の見解に沿った発言を展開していて、まるで正義の味方の日本が悪者の韓国を懲らしめているようだ。こうした取り上げ方が「外交を評価する」に結びついているのであろうか。安倍政権による、テレビを利用しての情報操作にはつくづく感心させられる。
昨年の12月、能登半島沖の日本海で韓国海軍の駆逐艦から海上自衛隊のP-1哨戒機が火器管制レーダーを照射され、日本側が抗議したことがあった。照射はあった可能性はあるものの、少なくとも上官からの指示によって行われたものではない。照射を否定する韓国側に対して、日本側は抗議の正当性を主張するために動画を公開した。その公開にあたっては、防衛省幹部は重大な外交問題に発展する恐れがあるとして慎重な対応を求めたのだが、安倍首相はそれを振り切って公開を指示した。
それまでも日韓両国には慰安婦問題など戦後処理に関連するわだかまりがあったが、このときの安倍首相の判断が、その後の日韓関係の行方を決定づけることになってしまった。テレビでそんなことを言うひとはいないが、そう思えてならない。
2013年1月、中国海軍の艦船が海上自衛隊護衛艦に対し射撃管制用のレーダーを照射したことがあったが、安倍首相といえども中国相手では分が悪いとみたのか、一、二度抗議しただけで矛を収めている。中国は大国であるがゆえにほどほどのところで収め、弱い韓国相手ではとことん攻める。追及を緩めない日本側の姿勢によって韓国側が強硬姿勢を取らざるを得ないところまで追い詰めてしまった。防衛省幹部が懸念したことが現実のものとなっている。
昨年10月の韓国大法院(最高裁)の徴用工判決は、日本統治下時代に日本企業による徴用で働かされた元労働者や遺族に対し、日本企業からひとりあたり1億ウォン(約1,000万円)の損害賠償を命じた。安倍首相は1965年の日韓請求権協定で解決済みで、国際法に照らしてあり得ない判断だと反論した。しかし、日本の弁護士たち約100人が「元徴用工の韓国大法院判決に対する弁護士有志声明」(2018年11月5日付)を即座に発表。今回の請求権は日韓請求権協定の対象外で、元徴用工個人の損害賠償請求権は消滅しておらず、安倍首相の答弁は日韓請求権協定と国際法への正確な理解を欠いたものと訴えている。
さらに、国際法学者で明治学院大学国際学部の阿部浩己教授は、植民地支配は正しくはなかったが当時は合法だったという立場の日本と、違法に占領されていたという韓国との認識の違いが根底にあり、過酷な状況下での強制労働などは当時の国際法に照らしても違法と述べたうえで、「日本が問われているのは、強者優先の歴史観を続けるのか、それとも強者によって押し潰されてきた声をくみ上げ、公正な秩序を世界に示すのか、ということです。これからは、日本側の視点だけで国際法を運用するようなやり方は通用しません。韓国側の視点も踏まえた国際的秩序が求められます」とインタビューで答えている(「Business Journal」同年7月10日付)。
事態はさらに、とことん悪い方へ、こじれる方へと動いていく。
日本政府は7月4日、半導体原料など3品目の韓国向け輸出の優遇措置を停止。さらに、これまで安全保障上の同盟国27カ国を「ホワイト国」として、品目を限定して輸出手続きを免除してきたが、8月には韓国を「ホワイト国」対象外とする方針と発表した。これらの措置について、日本政府は徴用工問題での韓国政府に対する対抗措置ではなく、軍事転用可能な輸出品を北朝鮮へ横流ししていた可能性があるためとした。
この北朝鮮への横流し疑惑について、「リテラ」(同年7月16日付)が経産相関係者の面白い話を紹介している。
じつは官邸から、徴用工問題の報復のために何かいい方法はないかと言われ、経産省幹部が以前からあった問題を無理矢理引っ張り出した、確たる証拠もないものだという。経産省内部の無理筋という意見も顧みることなく、官邸は停止開始日を参院選公示日の7月4日にぶつけて選挙対策まで行っている。だがその直後、韓国がWTOに提訴を検討していると報じられると、慌てて証拠捜しが始まり、いまではこの問題から逃げ腰になっているともいう。
7月12日の日韓事務レベル会合で、日本側は今回の措置について「輸出管理上の不適切な事案があったため」と説明し、その「不適切な事案」とは「第三国への横流しを意味するものではない」と急激なトーンダウンをみせた(『産経新聞』Web版、同年7月12日付)。さらに両国がともに国際機関の検証を受けようという韓国側からの公開提案に対して、世耕弘成経産相の「国際機関のチェックを受けるような性質のものではまったくない」という回答も、勝ち目がないから逃げようとしているとしかみえない。
こんなバカなことをいつまでやっているのであろうか。テレビに出演していた保守系の学者でさえも「荒っぽい外交。もう少し慎重にすすめるべき」と遠慮しながらコメントしていた。
ぼくは専門家ではないので、日々報じられている日韓問題の全体像を理解できてはいない。たんに表面に現れないいくつかの話をほじくってみたにすぎないのだが、これまでの自民党政権では、ここまでこじれることはなかったのではないか。安倍首相だからこうなったのではないかと思えてならない。つねに悪い方へ、こじれる方向へと物事をすすめ、踏みとどまることを知らない。安倍政権が続く限り、日韓関係も日中関係も改善しないだろう。
そして深刻なのは、報道の在り方である。テレビでは弁護士声明や阿部教授のような話を聞くことはできない。何度でも言うが、安倍政権によるテレビを利用しての情報操作は見事である。報じられるのは、官邸の空気を充分に読んだ内容のみばかりである。
安倍政権はもう終わりにしなければいけない。7月21日は参議院議員選挙の投票日だが、少なくとも自公の議席が増えるような結果だけは目にしたくない。選挙といえば、韓国では平日を投票日にして、なおかつ公休日にしているそうだが、日本では政権与党が投票率を下げたいのだから起こりようもないことだ。日本は日本でいいのだなどと、流暢なことを言っている場合ではない。もうちょっとまともな国にしなくてはいけない。 (2019/07)
<2019.7.19>
国会議事堂前にて(2015/07/18)<写真提供・筆者>