いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第125回:原発回帰へ
昨年、新年早々のこと、欧州委員会は脱炭素のための「グリーン・エネルギー」として原発活用の方針を打ち出した。その後、2月末のロシアのウクライナ侵攻により世界的なエネルギー危機が叫ばれ、3月に入るとヨーロパでは原発回帰論が一気に浮上しはじめた。
同8月24日、我が国の岸田文雄政権も原発再稼働に向け、「国が前面に立ってあらゆる対応をとる」と大号令を発した。稼働中の原発10基に加え、今年の夏以降には7基を再稼働させて17基体勢に。再稼働だけではない。新増設や建て替え、運転期間の再延長の方針までも打ちだす。
そして今年2月10日、政府は福島第一原発事故以来の原子力政策を大きく転換する「GX(グリーン トランスフォーメーション)実現に向けた基本方針」を閣議決定した。原発再稼働、新増設、運転期間再延長など、昨年の方針そのままの内容である。
今年はあの3.11から12年目となるが、これがその姿である。原発については、復興も道半ばにして3.11以前の状況に完全に戻ることになる。震災の記憶や教訓の風化は否めないとしても、政府の姿勢はもっと積極的で、あの原発事故そのものを封印してしまいたいようだ。
テレビの震災報道も歩調を揃える。津波被害からの復興の様子ばかりで、原発についてはほとんど取り上げられない。国主導ですすめられてきた原発のはずだが、裁判でさえもその事故の責任は国にはないという。
『朝日新聞DIGITAL』(2023年3月5日付)にて「『テロよりも…』柏崎刈羽原発、自治体担当者が訴えた大きな課題」という記事を、目を覚まされる思いで読んだ。
2021年、新潟県の柏崎刈羽原発はテロ対策上の重大な不備が明らかになり、原子力規制委員会より運転禁止の行政処分が出されていた。昨年12月18日のこと、柏崎市地方は豪雪に見舞われ、市内を走る北陸自動車道が最長52時間、並行する国道8号も38時間の通行止めとなり、国道の車の立ち往生は22キロにおよぶ事態となった。桜井雅浩市長は年が明けての記者会見で次のように語った。
「こんな状況で原発事故が起こらないでくれよ、と冗談でなく、祈るしかないという感じでした」
原発の過酷事故に備え、半径30キロ圏内にある各自治体は避難計画をつくっている。それを国との協議のうえ「緊急時対応」としてまとめ、首相が議長の会議で了承を受けるという。ところが、43万7,000人が対象になる柏崎刈羽地域の避難計画はまだできていない。大雪の際の対応が障害となっているのだ。原発事故を想定した場合、柏崎市民約7万9,000人のうち約6万人が西へ避難することが想定され、国道8号が使用できないと不可能になる。
今年の2月7日、新潟県自治体の防災担当者と、原子力防災を担当する内閣府との間で年1回のオンライン会議が行われた。そこで議論が集中したのが「大雪の際に事故が起きたら避難できるのか」という問題である。柏崎刈羽地域だけではない。小千谷市や長岡市の担当者からも同様の訴えが出た。
この新潟の会議の3日後の2月10日、豪雪時の避難対策は宙に浮いたまま、先の「GX実現に向けた基本方針」の閣議決定が行われた。今年夏以降に再稼働を予定している7基の原発のなかには、運転禁止中の柏崎刈羽原発6、7号機も含まれている。再稼働の事実上の条件には地元同意と、その前提となる広域避難計画がある。東京電力が新潟県内で開催した住民説明会で、ひとりの女性が訴えたという。
「大雪で避難できない人間を守ることができないなら、再稼働しないことを求める」
『東京新聞』(同年3月9日付)によれば、東京電力は柏崎刈羽原発の行政処分解除を見込んで、10月に7号機の再稼働を予定していた。しかしながら原子力規制委員会は、テロ対策は不十分として再稼働困難としているようだが、そこでは、豪雪下の原発事故での避難にはまったく触れられていなかった。
昨年2月24日、ロシアはウクライナ侵攻を開始した当日、キーウの北100キロのプリピチャ市にあるチョルノービリ(チェルノブイリ)原発を攻撃、掌握した。1986年の事故後、廃炉作業が続けられていた原発である。占拠は3月30日まで続き、数百人の作業員は武装警備員の監視下におかれ、核研究施設への被害もあった。
同3月4日、ロシア軍はさらに南東部に位置するザポリージャ原発も攻撃。6基ある原子炉のうち3基が稼働中だった。外部電源が一時喪失したが、のち復旧。原発一帯はいまも占拠状態にある。
ジュネーブ条約は、原発などの「危険な力を内蔵する工作物」への攻撃を禁じているが、過去にも原発や核施設への攻撃はあったし、今後も起こりうることだ。
資源エネルギー庁のHPの「日本の原子力発電の状況」によれば、日本には再稼働・設置変更許可・審査中・廃炉などを合わせると、51基の原発がある(2023年2月24日時点)。日本政府は軍事攻撃を想定のうえ、厳重に警備するというが、原発特別警備部隊の設置や自衛隊の活用を検討という程度で、盤石の備えにはほど遠い。
そんな状態でも戦争の準備に突き進むのだろうか。ウクライナにしろ台湾有事にしろ、戦争状態にある一方のみに肩入れすれば、もう一方を敵に回すことになり、我が国も戦争当時国になる。いま、まさにその方向へと動いている。
『東京新聞』(同年2月22日付)特報面「使用済み核燃料どう守る」では、各原発の貯蔵プールに保管されている使用済み核燃料の危険性に焦点を当てている。
原子炉内で4〜5年使用されて取り出された核燃料は、まだ発熱量や放射線量も高く、原子炉建屋内の貯蔵プールに保管され、水を循環させて発熱量を下げていく。
武力攻撃によってその水が遮断されたり、貯蔵プールの破壊で使用済み核燃料がむき出しになれば、もはや人間が建屋に近づくこともできず、取り返しのつかない事態となる。
国内の原発で貯蔵している使用済み核燃料は約2万トン、青森県六ケ所村の再処理工場では約3,000トン。その多くが貯蔵プールで保管されている。原子炉はある程度堅牢ではあるが、貯蔵プールは脆弱なものだという。
経産省では「原子力規制委員会が一元的に所掌している」と国会答弁し、原子力規制委員会は「原子炉等規制法は、武力攻撃を想定していない」と答えるのみである。つまりいまのところ、何の対策もしていないに等しい。
こんな状況下でも、岸田政権は「原発の最大限活用」を訴える。国会で原発の安全性を問われた岸田首相は正面から答えることを避け続ける。原発を使い続ければ貯蔵プールに保管される使用済み核燃料は増え続けるし、使用済み核燃料から出る高レベル放射性廃棄物の最終処分問題もある。政府は「国の責任で取り組んでいく」と応じるが、その対策は容易にすすめられるものではない。
3月10日、原子力規制委員会の山中伸介委員長は「原子力に100%の安全はない」と訓示を垂れた。100%の安全もなければ、事故が起きれば航空機墜落事故のレベルではない大惨事となり、戦争になれば真っ先に攻撃対象にされる。おまけに、どうにも手に負えないゴミを出し続ける。原発とはそういう存在であることを肝に銘じなければならないのだが、このままではいずれ大惨事が起きる。 (2023/03)
<2023.3.14>
6基の原子炉建屋と左端の冷却塔からなるザポリージャ原発。左から2番めの建物と2本の煙突はザポリージャ火力発電所(「ウィキペディア」より)
原子力発電所の現状(資源エネルギー庁HPより)