いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第91回:検察庁法改正案をめぐって

 まずは新型コロナウイルスのことから。
 毎日発表される感染者数は減少傾向にあるため、日本政府は5月14日、39県について緊急事態宣言を解除しし、さらに関西3府県についてもその方針である。すでに営業を再開したデパートもあり、町には通勤者や人が、次第に増えつつあるようだ。ただ発表されている感染者数の数字には、いつまでも疑問がつきまとったままだ。
 PCR検査について、厚生労働省は医師が希望しているものはすべて受けられるようにしていると言いながらも、現場の医師からは拒否されたという報告がいまだに多く、その結果、亡くなってしまう人もいる。これはいずれ、国や専門家会議を相手にした訴訟が起きても不思議ではないように思える。
 新型コロナウイルスは、集中治療室や隔離病棟、検査機器、人員などの医療設備や能力がまったく整備されていなかったこと、マスクや防護服、手袋、消毒液など、医療従事者が日常的に使用するあらゆるものが不足していて、それらをただちに充足できない国であることも露呈させてくれた。
 WHOは警告を発している。新型コロナウイルスは、このまま消滅しない可能性がありそうだ、と。まだまだ付き合いはつづく。

 前回取り上げた検察庁法改正案は、5月18日夕方、今国会での成立を断念した。この検察庁法改正案は、国家公務員の定年を65歳へと引き上げる国家公務員法改正案のなかに潜り込ませる「束ね法案」という形で提出され、一括審議で進めて批判を受けた。検察庁法改正案は法務大臣出席のもと、法務委員会で審議すべきものである。
 しかし、国家公務員法改正案そのものには野党も賛成しているので問題はないかといえば、そうでもないのだという。元経産省官僚の古賀茂明氏が「#国家公務員法改正案に抗議します」という一文を投稿している(『AERAdot.』2020年5月19日付)。
 現在、一般国家公務員の定年は国家公務員法により60歳と定められているが、年金支給開始年齢の65歳まで再任用という形での雇用延長も可能だという。ところが、今回の改正案は再任用ではなく、定年そのものの延長で、そこには民間企業では考えられないような好待遇があるという。
 国家公務員には降格がなく、重大な犯罪でも起こさないかぎりクビになることもない。給料は60歳まで毎年上がるし、昇進もある。キャリア官僚であれば60歳で安くて年収1,500万円、ノンキャリアでも1,000万円超はザラという世界だ。そして今回の改正案では役職定年が導入され、60歳時の年収の7割が65歳まで保障されるという。
 「たいした仕事もせずに1千万円の高給をもらう役人が続出する。個々人の能力や意欲とは無関係と聞けばさらに驚く」と古賀氏は記す。
 この改正案は、安倍政権による官僚たちのご機嫌取りであり、野党が賛成しているのは国家公務員の労働組合である国公労連が、野党の支持母体になっているからだという。当たり前のことだが、これらの金はみな、あの無駄なアベノマスクと同じ税金である。

 検察庁法改正案の先送りは、正直のところホッとした。この動きは同日の朝からはじまっていた。
 18日、朝起きてテレビのニュースを見ていたら、朝日新聞社が16、17日に実施した、緊急の全国世論調査の結果が報じられていた。検察庁法改正案に賛成15%、反対64%。安倍内閣支持率33%、不支持率47%で、支持率は前回の4月よりも8%も落ちている。
 この結果は法案採決に大きく影響するだろうとみていたら、『読売新聞』は同日朝刊1面トップで今国会での採決見送りの検討を報じ、それを打ち消すかのようにNHKが20日採決の報を流したというネット情報があった。
 どっちつかずのまま時間が過ぎていたが、午後3時をまわって「首相、検察庁法改正案の今国会提出を断念」という報道がネットに流れて確定した。安倍晋三首相は二階俊博幹事長に対して、「国民の理解なくして法案を前に進めることは難しい」と伝え、自民党の良識派によれば、法案を強引に通した場合、自民党が分裂する懸念があると判断したという。
 ただ今回は、あくまでも今国会での見送りにすぎない。放っておけば、秋の臨時国会に再び登場することになる。こんな法案を二度と持ち出せないように、廃案に追い込まなくてはならない。
 今回は新型コロナウイルスの件もあって、10万人ものひとびとで国会を取り囲むことはできなかったが、それに匹敵するような熱量があった。
 ツイッター上では「#検察庁法改正案に抗議します」という投稿が芸能人からも相次ぎ、15日夕方で640万件をこえたという。これに続いて「#検察庁法改正の強行採決に反対します」「#安倍晋三に抗議します」「#検察に安倍首相に対する捜査を求めます」というツイッターも相次いだ。ドイツ在住の日本人のツイッターによれば、ドイツでもこの法案審議が報道されていて、邦訳で紹介してくれていたが、”Kajiba dorobo”という日本語がそのまま使われているのには驚いた。
 こうした動きについて高千穂大学の五野井郁夫教授(国際政治学)は次のように語る。
 「安倍政権は国民に不要不急の外出を控えるよう自粛を促しているにもかかわらず、生活補償などはそっちのけで検察庁法改正という、まさに不要不急のことをやっている。外出規制がなければ、官邸前に何万人もの人が押し寄せるほどの抗議の熱量だと思います」

 さらに、松尾邦弘元検事総長ら14人(15日)、元特捜部長ら38人(18日)がそれぞれ法務省へ反対意見書を提出したほか、日弁連による反対声明、現職裁判官がラジオ番組に出演して政府を批判するなど、これまであまりみられなかった動きもあった。
 『東京新聞』(2020年5月19日付)によれば、15日の意見書のグループに属する元最高検察庁検事の清水勇男氏は、「ロッキード(事件)仲間に声をかけた」と語っている。
 1976年、アメリカのロッキード社が日本への航空機売り込みにあたって、日本の政府高官に巨額の資金を贈っていたことが発覚し、田中角栄元首相、橋本登美三郎元運輸大臣、佐藤孝行元運輸政務次官が逮捕された事件である。このロッキード事件は、P-3C対戦哨戒機と全日空のトライスターのふたつの売り込みがあって、そのどちらを筋とするかによって見方ががらりと変わってくる。
 昨年11月、中曽根康弘元首相が亡くなった。いま、ロッキード事件との絡みで中曽根元首相の名が出ることはないが、P-3C対戦哨戒機売り込みに深く関わっていたのが中曽根元首相だったのではないか。ロッキード事件は、いつの間にかトライスター売り込みに絞って報道されるようになっていった。
 「ロッキード事件の主犯は中曽根で、その罪をうまく田中角栄になすりつけて自分は生き残った」と指摘するのはジャーナリストの髙野孟である(『日刊ゲンダイ』2019年12月5日付)。
 5月15日にカメラを前に会見したロッキード仲間である検察OBの面々は、その舞台裏を知っているはずだ。元特捜検事で弁護士の郷原信郎氏は「ロッキード事件も内実はいろいろあった」(前掲『東京新聞』)と控えめに語っている。当時の三木武夫首相と検察との間で、あるいは中曽根康弘と田中角栄との間で、何らかの手打ちがあったのではないか。法務省に対して立派な意見書を提出できるのであれば、いまこそロッキード事件のすべてを明らかにしてもらいたい。

 5月13日、前回取り上げた河井克行前法相立件という報道があった。自民党本部から出たという1億5,000万円の件もあるため、「自民党本部ガサ入れか?」という記事まであったが、1億5,000万円の一部が安倍晋三事務所への還流疑惑まで出てきた。
 河井前法相逮捕には、現在国会会期中ということもあって「逮捕許諾請求」が必要である。検察は「逮捕許諾請求」できるか否か。検察庁法改正案断念が、検察との取引の結果ではないことを祈りたい。逮捕許諾請求の拒否は検察の捜査の妨害である。それが念頭にあれば、自民党は許諾請求を拒否できないはずだ。
 黒川弘務東京高検検事長が、新聞記者たちと接待麻雀に興じていたことが明らかになった。懲戒免職と思っていたが、郷原氏によれば、いくらなんでもそれは無理で、やはり辞任が妥当とのことである。いま国民は、検察の今後の人事を注視している。かつて検察の人事にこれほど関心が集まったことはないのではなかろうか。
 河井夫妻の件だけではない。森友問題、桜を見る会など疑惑満載である。稲田伸夫検事総長を中心に徹底的な捜査を望みたい。  (2020/05)


<2020.5.21> 

検察庁法改正案に抗議するツイッターに添付された画像

同上

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon