いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第83回:韓国に100%の理
バス停で並んでいたときのことである。到着したバスに乗り込もうとしたとき、ひとりの年輩女性に向けて「朝鮮だッ、あのババァは朝鮮だッ!」と罵声が飛んだ。割り込みを疑ってのことである。声の主はぼくよりいくつか年長と思えるごく普通の男性だった。この場合、その女性が日本人であろうが朝鮮人であろうが関係はない。なにか気に入らなければ「韓国」「朝鮮」と罵られる。幸いさほど大きな声ではなかったので、女性はなにも気付かずに乗り込んでいったし、周囲のひとびとからの反応も皆無だった。ぼくはその現場にいたが、女性の割り込みは、男性のただの勘違いである。
関東大震災の際に朝鮮人虐殺のような出来事があったが、いまの社会はあの頃と変わらないように思える。もし、「朝鮮人だ、殺せ!」と大きな掛け声があがったとする。それに呼応して、いつでも同様な事態が起こりうる社会、いまぼくらが暮らしている社会は、すでにそういう社会になっている。
韓国政府は9月11日、対韓国輸出規制の強化は不当だとして、世界貿易機関(WTO)に日本を提訴した。8月29日、文在寅(ムン・ジェイン)大統領が「日本は歴史と正面から向き合うべきだ。必要に応じて過去の不正行為を確認することが必要だし、回想と自己反省はけっして完了することはない」と、臨時閣議で談話を発表し、提訴は間近いとみられていた。しかし提訴はされたものの、判断が示されるのは数年先になるようだ。
韓国側の主張は、元徴用工に関する韓国大法院(最高裁)判決を絡めた「政治的動機」が、輸出規制強化の背景にあるというものだ。日本政府は、最高裁判決が根底にあるとしたり、「輸出管理の問題だ」と言ってみたり定まらなかったが、9月3日、とうとう「根幹にある元徴用工問題の解決が最優先だ」と、安倍晋三首相自身が明言した。
しかも日本政府の要求は、最高裁判決は受け入れられないからどうにかしろというものだ。だが、それは三権分立を無視するものであり、普通の感覚の持ち主なら大きな声では言えないはずだが、日本政府は堂々と要求し、メディアも当然のように報道している。世論調査では、過半数を超えるひとびとがこうした安倍政権の対応を支持しているのだから、なにかが狂っている。
元外交官で政治学者の浅井基文氏は、8月25日付の自身のコラムで「韓国に100%の理があり、日本に100%の非がある」ことを内外に明らかにしなければならないと主張する。浅井氏は22年間の外務省勤務のうちアジア局、条約局に4年ずつ在籍した専門家である。以下、浅井氏の主張を要約する。
「日韓間の過去の問題は1965年協定で決着済み」とする日本政府の主張は65年当時はひろく共有され、通用していた。しかしその後、国連憲章、世界人権宣言、国際人権規約が国際的に承認され、個人の尊厳、基本的人権が国際法上の法的権利として確立し、さらに人権問題に関しては法律上の「不遡及の原則」は適用されず、日本政府のような主張はもはや正当性を失っている。「不遡及の原則」とは、新たに法令が定められた場合、制定前の事例にまでさかのぼって適用されることはないという原則だが、今回の場合はそれは認められないとうことである。
元徴用工の問題については、元徴用工(及びその遺族)は、日本の国内法に従って請求権を行使することが可能だが、もし日本の最高裁が却下した場合、強制労働を強いた日本企業を韓国国内で訴えることは正当な権利であり、被告である日本企業は韓国大法院の判決に従う義務がある。
安倍政権の重大な誤りは、過去の戦争責任、植民地支配にかかわる人権侵害に関する法的責任を認める世界的な流れに従おうとせずに、法的権利として確立した個人の尊厳、基本的人権を認めない点にあり、さらに日本の戦争責任と植民地支配に対する責任を否定する歴史認識に固執している点にもある。
したがって、「足して2で割る」ような妥協的な解決は許されることではなく、韓国に100%の理があり、日本に100%の非があること、日韓関係悪化の責任は100%安倍政権にあることを国際的に明らかにしたうえで、今日の事態を招いた「1965年協定」は根本的に精算する必要がある。
以上だが、これは、本欄「81.外交の安倍」で紹介した100人の弁護士有志による「元徴用工の韓国大法院判決に対する弁護士有志声明」や、明治学院大学国際学部の阿部浩己教授の主張とも通ずる内容である。
「日韓関係の悪化はすべて韓国に責任があると思っている」と主張する菅義偉官房長官の反論をぜひ聞きたいところだが、お得意の木で鼻を括ったような言葉で済む話ではない。日本政府はこれらの主張に対して正面から堂々と反論できるのだろうか。
村山談話が発表されたのは1995年8月である。あれから25年が過ぎて、日本は冒頭のエピソードのように、まったく別の国のようになってしまった。その村山談話のなかほどに次のような一節がある。「現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります」
それに対して、2015年の「安倍談話」は、「あの戦争には何ら関わりのない、私たちの子や孫、そしてその先の世代の子どもたちに、謝罪を続ける宿命を背負わせてはなりません」と、謝罪に区切りをつける意思を表明していて、安倍首相の言動のあちらこちらに、この姿勢がみられる。これでは韓国とうまくいくはずはなく、アジアのなかでも孤立の道を歩むことになるだろう。
村山政権であれば今回のような事態には至らなかった。いや、これまでのどの政権でも、相手国をここまで追い込むようなことはできなかったはずだ。安倍政権は特異な政権である。そのことは韓国でも充分に知られているようだ。
最近韓国へ行ってきたばかりの集英社新書元編集長の鈴木耕氏によると、韓国の書店には、日本でいう嫌韓本にあたる嫌日本はまったくみられず、よく売れているのが青木理『日本会議の正体』(平凡社新書、2016年)の韓国語版だったという。日本会議は日本最大の右派団体で、安倍政権の閣僚の多くが会員でもある(今回の改造内閣の閣僚中7割)。韓国のひとびとが掲げる「反安倍」のプラカードは、安倍政権の体質をよく理解したうえでのものだし、文在寅大統領もそれを承知で対応しているはずだ。
9月11日に安倍改造内閣が発足したが、強気一点張りの対韓姿勢は維持されるという報道だ。これは、文在寅大統領が白旗を掲げ、失脚するまで続けるつもりだろう。それを見越して大統領も、日本をWTO提訴に踏み切ったと思われる。国際的な場で徹底的に協議し、日本に100%の非があることが明らかにされることを望みたい。そのうえで、安倍首相にはさっさと退陣してもらわないことには、日本は東アジアから完全に孤立することになるし、国内も崩壊する。
もし文在寅大統領が失脚したとしても、「親安倍」政権が登場するとは考えにくいだろう。「親安倍」政権では、韓国国内の世論が許すとは到底思えないのだ。またテレビでは批判の多い文在寅大統領の言動だが、さんざん叩かれた「盗っ人猛々しい」は意地悪な誤訳のようだし、ぼく自身大きな違和感を覚えることはない。ただ唯一、この8月の米韓合同演習の実施だけは理解できなかった。どうしてこのタイミングで北朝鮮を刺激するのか腑に落ちなかったが、韓国軍によるクーデターの噂もあるようなので、軋轢があったとしても不思議ではない。
9月1日、ポーランドのワルシャワで開かれたナチス・ドイツのポーランド侵攻から80年の式典で、ドイツからシュタインマイヤー大統領とメルケル首相がともに出席し、大統領が「過去は閉ざされることはなく、戦争から時が経つほど記憶が重要になる。この戦争はドイツの犯罪だった。歴史的な過ちの許しを請う」と謝罪した。大統領と首相がともに出席するのは極めて異例のことだという。
安倍政権は「日本は韓国に侵略していない」という立場なので、こういう報道をみても日韓問題とは無関係という認識であろう。それでもこの国の多くのひとびとは安倍政権を支持し、かつてドイツの多くのひとびともヒトラーを支持した。 (2019/09)
<2019.9.17>
8月29日、臨時閣議で談話を発表する文在寅大統領(駐日韓国大使館HPより)