いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第93回:検察の裏切り

 
 6月18日、元法相の河井克行衆議院議員、妻の案里参議院議員が東京地検特捜部に逮捕された。2019年7月の参議院議員選挙をめぐり、地元広島県の市長、県議らをふくむ有力者108人に対し、票のとりまとめの対価として約2,900万円を配ったとして公職選挙法違反の容疑である。最も高額の300万円を受け取っていたのが、亀井静香氏の秘書だったことものちに大きく報道された。
 これに先立ち16 日、車上運動員などに法定上限をこえる報酬を支払ったとして公職選挙法違反で起訴された案里議員の公設第2秘書には、懲役1年6カ月執行猶予5年の有罪判決が出ている。今後有罪が確定し、広島高検による行政訴訟で連座制適用が認定されれば、案里議員は当選無効となり失職することになる。
 この欄90回「動きはじめた検察」に記したとおり、稲田伸夫検事総長は非常に積極的に捜査を行った。森友学園問題、桜を見る会をめぐる問題、菅原一秀前経産相の公職選挙法違反容疑など、ピクリともしなかった検察は、河井夫妻の件にかぎっては積極的に動き、7月8日、期待を裏切ることなく河井夫妻は先の買収疑惑について起訴された。
 これも以前書いたことだが、河井夫妻には自民党本部から1億5,000万円という大金が渡されていて、それが買収の原資になった可能性がある。その金の動きは誰の指示によるもので、どう使われたのか、検察は自民党本部・官邸にまで踏み込めるものか、さらに安倍晋三首事務所、首相本人へと捜査をすすめられるかどうかと注目されていた。
 実際安倍首相は、自分の指示によって安倍事務所の秘書数人が広島入りし、案里議員の選挙運動に関わったことを認めている。しかも、1億5,000万円の一部が還流されて安倍事務所に収まったという噂さえひろまっていた。
 しかしながら『日刊ゲンダイDIGITAL』(2020年7月9日付)には、「河井夫妻起訴の闇、特捜部1.5億円不問の裏切りで幕引きか」というとんでもない記事が躍った。検察は1億5,000万円にはまったく触れず、捜査は河井夫妻で終結、それ以上はないという内容である。立正大学名誉教授金子勝氏のコメントが紹介されている。
 「1億5,000万円の提供は党内からも説明を求める声が上がっています。ところが安倍自民党は、党大会を結党以来初の中止にしてまで逃げています。河井事件は安倍案件。特捜が河井夫妻の問題で片付けるのは、真相解明を願う国民への裏切り行為です」
 いったいなんということかと、愚痴でもこぼしたくなるような話だが、それから2日ほどが過ぎると、ネット上の「アクセス・ジャーナル」(同年7月11日付)にはさらに深堀りした情報が紹介されていた。検察(稲田検事総長)が首相官邸と手打ちをしたということである。
 河井夫妻の件について、これ以上本気で捜査されると首相辞任に追い込まれかねない事態になる。そこで官邸の杉田和博官房副長官と北村滋内閣特別顧問が動き、中村格警察庁次官の指示のもと警視庁公安が検察内部のスキャンダルを掻き集めたため、不本意ながらも検察は手打ちに応じざるを得なかったというものだ。具体的に実名まで登場して生々しいが、実際にこのとおりになったとしたら、日本の司法は絶望的である。
 このようなさなか、賭博疑惑で告発されていた黒川弘務前東京検事長は不起訴、車上運動員への高額報酬容疑で告発されていた河井克行・案里議員とも不起訴処分となった。河井夫妻の件では、高額報酬を受け取った車上運動員も、買収を受けた100人をこえる有力者たちも不起訴となり、黒川氏の件とあわせ、あまりの大甘処分に疑問の声があがった。

 7月17日、それまでの検事総長の稲田氏が退任し林真琴氏が後任に就き、双方の記者会見も行われた。当初のシナリオどおり検事総長に林氏を据えることができ、検察庁法改正案も撤回され、検察としてはこれ以上官邸と睨み合う必要もなくなったのだろう。官邸と検察の手打ちにも、黒川氏や河井夫妻関係者の不起訴処分にも、検察幹部である稲田氏や林氏が関わっていないはずもなく、同じ穴の狢である。
 検察はあくまでも官吏、つまり国家公務員である。「すべて公務員は、全体の奉仕者であって、一部の奉仕者ではない」(日本国憲法15条2項)に尽きるのではなかろうか。自身の身が切られることも厭わず、1億5,000万円の闇を明らかにすべきである。
 同時に検察自身のスキャンダルもさらけ出されることになるのかもしれないが、それでも我々は「さすが検察、よくやってくれた!」と賞賛するであろう。今回は検察自身のドロドロしたものを洗い流すにも絶好のチャンスだったのではあるまいか。
 つい先日、BSテレビの報道番組をボーッとしながら観ていたところ、韓国について話し合っていた。スタジオ出演していた自民党の新藤義孝衆議院議員が次のようなことを言っていた。文言は正確ではないが、そのような内容のことである。
 「韓国というのは、大統領が退任すると、みんな司直の手に委ねられることになるんですよ。そんな国とまともに話し合いなんかできるわけがない」
 日本は、政治家の犯罪の多くはごまかしてウヤムヤにされてしまい、表面上は何もなかったことにされてしまうが、我々の心のなかではいつまでも燻りつづけていて、テレビでその政治家の顔を見るたびに思い起こして、はなはだ不愉快になる。司法・検察に関しては、韓国のほうがまともに機能しているのではないか。
 ついでに最近の報道だが、アメリカのニューヨークタイムズが、香港にあったアジア拠点が中国の監視下におかれることから逃れるため、ソウルに移転することになった。ほかに東京やシンガポールも候補にあがっていたが、メディアの独立性を重視した結果だという。この点でも韓国にはかなわないのだ。
 官邸と検察の手打ちはまだ未確認情報だが、新たな情報を待っていたところ、黒川氏については市民団体や弁護士らによって検察審査会に審査申し立てがすでに行われており、検察首脳については検察官適格審査会に申請する動きがあるという。
 検察官適格審査とは、不適格な検事を罷免勧告ができる検察庁法の制度で、過去には1994年、吉永祐介検事総長がかけられたことがあるという。世論の後押しが強いと、いい加減な結論でお茶を濁すことはできなくなる。賛同者を5万人、10万人と集めて「林真琴を検察官適格審査会にかけよう」という大きな国民運動にすることが必要だという。
 林新検事総長にはあえて望みたい。森友問題、桜を見る会をめぐる問題、河井夫妻の買収事件について、徹底捜査の陣頭指揮をとってもらいたい。 (2020/07)


<2020.7.20> 

検察庁(フリー素材ドットコムより)

いま、思うこと

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 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②

  
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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon