いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第107回:新型コロナウイルスをめぐって  

 依然、新型コロナウイルスの猛威がつづき、来年のいま頃の様子などまったく予想がつかない。この夏、いよいよ第5波かといわれはじめた頃、中止を求める多くのひとびとの声を押し切って「2020東京オリンピック」が開催された。菅義偉首相は「オリンピックが始まれば国民は盛り上がる」と、憎らしい言葉を吐いていた。
 開会式は7月23日に行われ、8月8日の閉会式で終了した。開催期間中のテレビときたら、どの局もオリンピック番組ばかりで、いささかうんざり気味にさせられた。その期間中、そういうものかと思わされたいくつかの出来事があった。
 開会式は夜8時からだった。無観客での開催なので新国立競技場に入ることはできないのだが、競技場周辺には朝からひとが集まりはじめていた。ブルーインパルスの飛行を見るのが目的と思われたが、正午過ぎの飛行が終わっても増えてゆく。さらにオリンピック中止を求めるデモも重なって、開会式が始まる頃にはひとで溢れ返る有様だったようだ。ほかに、競技場前に設置されたオリンピックシンボルの前で記念撮影をするひとびとが、連日行列をなしていたという話にも驚いた。まさかと思うような出来事だったが、菅首相の言葉どおりみんな盛り上がったのだ。
 残念ながら、そういう人出が新型コロナウイルスの感染拡大を引き起こした。菅首相も小池百合子都知事も同意するはずもないが、オリンピックの開催がひとの動きを誘引し、感染拡大につながったことは否定できないだろう。

 9月1日、新型コロナ感染者数は累計150万人を超えた。感染者が出てから50万人に達するまで1年3カ月、50万人から100万人までは5カ月を要しているにもかかわらず、100万人から150万人まではわずか26日だった(「NHK NEWS WEB」2021年9月1日付)。こういった急激な感染拡大にともない医療体制も深刻化しており、入院治療が必要な患者さえも受け入れてくれる病院がなく、自宅に放置されたままである。
 8月末になるが、テレビの報道番組で、在宅診療の医師たちの過酷な仕事ぶりが紹介されていた。自宅療養、入院調整中の患者たちに向き合う医師たちの献身的な姿勢には頭が下がるばかりだが、日本の医療の現実を突きつけられて愕然とするしかなかった。
 TBS「報道特集」(8月21日)とテレビ朝日「報道ステーション」(同23日)を観たが、ここでは「報道ステーション」を紹介する。
 8月20日午後4時、都内のマンションの一室。80歳の父と同居している新型コロナウイルスに感染した55歳の男性である。糖尿病の基礎疾患があり自宅でインスリンの注射を打っていたが、食欲がなくインスリン注射をやめていたという。保健所からの要請でひなた在宅クリニックの田代和馬院長たちが訪ねてみると、衰弱して集中治療室での治療が必要な状態だった。1時間後に受け入れ先の病院が見つかり、到着した救急車に男性を運び込み先方に病状の詳細を伝えると、受け入れを拒否されてしまった。
 「誰が悪いってわけじゃない。本当にもう、患者さんが増えすぎて、入るところがないというのが現実なんです」
 男性の姉も駆けつけ、田代院長が家族側に話した言葉である。救急隊と病院側双方で病院探しに取りかかるが困難を極める。まだ意識のある男性は家の中に戻りたがるが、田代院長は今日病院に入らないと死ぬ可能性があることを告げる。それでも男性本人、家族のたっての希望で、救急車から自宅へと戻した。翌21日、男性は新たな病院に入院できたものの23日に亡くなる。田代院長のコメントである。
 「本来ならば即入院だが、コロナのせいで、入院先が見つからないという異常事態だった。コロナがなければ、救命できたのではないかと思うと、胸が痛い」
 また「報道特集」だったと記憶しているが、ビデオ出演していた現場の医師が次のような話をしていた。
 「もう病院はいっぱいで、治療が必要な患者さんは受け入れられないんですよ」
 一瞬、意味がわからなかった。患者の治療をするところが病院ではなかったか。「看取り入院」という言葉があるらしい。田代院長によれば、看取り入院なら病院側はすぐにOKを出すという。快復の可能性の低い患者は受け入れるが、ベッドを長く塞ぐことになる治療を要する患者は受け入れられない。同じ死亡でも自宅療養死亡者としてカウントしたくない行政側の思惑があるようだ。
 8月末時点で、全国の自宅療養者は11万8,000人、東京都でも2万人(入院調整中を合わせると2万7,000人)という。こうした在宅診療を行っているクリニックもひなた在宅クリニックに限らない。「報道特集」には東京都練馬区、京都、尼崎などのクリニックが紹介されていた。
 
 政局が慌ただしい。ワクチン摂取で政権浮揚をと目論んでいた菅首相だったが、もう降りるらしい。誰がトップになろうともワクチン供給を順調に進めてほしいのだが、一度供給が滞って以来ぎくしゃくした感が否めない。高齢の希望者はほぼ済んでいるのに比べ、若年層は進まない。国としては環境を整えているにもかかわらず、若年層が摂取を忌避しているととらえていた。これは小池都知事もまったく同様の読み方だった。
 東京都は若者が多く集まる渋谷駅近くに、「東京都若者ワクチン接種センター」を立ち上げた。16〜39歳の都内在住者を対象に、予約不要でワクチン接種を行うという。それを聞いて、昨年のニューヨークのPCR検査の様子を即座に思い浮かべた。無料で予約なしで誰でも検査を受けられるため、街角には長い長い行列ができていた。
 8月27日、渋谷の接種センターの初日。正午開始予定だったが、未明の1時から並びはじめ、やがて長い行列ができてゆき、担当者が慌てて整理券を配ったものの、午前7時半には300人を超えて受付けを終了させたが、どんどんひとは集まってきていた。都側としては200人程度を見込んでいたようだ。小池都知事は見通しの甘さを詫び、翌日からは抽選券方式にするとのことだった。
 翌28日、抽選券は午前9時から10時30分まで配られ、11時30分頃に抽選結果をLINEやツイッターで知らせるという。午前7時には100人ほどが列をつくり、やがて1キロほどの行列となってJR原宿駅近くまで延びた。そのため配布時間を40分早く打ち切り、2,226人に配布され、抽選で354人に摂取された。
 この方式では、現地で抽選券を受け取り、当選すれば再び来なくてはならないため、2,000人以上のひとが現地周辺で発表までの1時間以上も時間をつぶすことになった。29日は1,357人が集まり、354人が摂取を受けた。
 当然ながら、連日やって来て抽選に漏れたひともいる。渋谷までの移動時間や現地での待機時間など、無駄を覚悟で今後も足を運びつづけるか、別会場での予約を申し込むしかない。当然不評で、「ネット抽選にして当選した人が渋谷に行けば感染リスクも最小限に減らせるのでは? なんでネット抽選にしないの?」という声があがった。
 都の担当者は「今回は来てふらっと受けるというのが事業の趣旨。ネットを使えば予約になってしまうので、抽選券の配布にした」と答えている(『東京新聞』2021年8月28日付)。いったい誰が予約は駄目だと言っているのであろうか。

 福島県相馬市は、予約不要の集団摂取をスムーズに行ってきていている。医師でもある立谷秀清市長が先頭に立ち、地元医師会やのちに市のワクチン接種メディカルセンター長に就任する渋谷健司氏らの協力のもとに、昨年12月から何度もシュミレーションを行ってきたものだ。
 人口3万5,000人の相馬市でも予約不要で一気に行ったわけではない。細かく地区ごとに分けて摂取の日時を決めておき、地区の住民たちが会場に来てくれれば摂取可能なやり方だ。もちろん自力で来れないひとには送迎もあるし、ほかに個別摂取もある。8月末には、12歳以上の希望者(全市民の86.6%)が2回摂取を終えた。東京都のように、都内全域から1箇所に集めるのとは異なる。
 あくまでも推測にすぎないが、東京都の小池都知事は相馬市の情報を得て「予約なしの摂取を!」と指示を出し、現場で考えだしたのが「東京都若者ワクチン接種センター」ではなかろうか。1,000万を超える人口を抱える行政の仕事としてはあまりにもお粗末だ。遅まきながら、9月4日になってオンラインでの抽選方式に改められた。
 また国、東京都ともに、若者がコロナワクチンを拒否しているという思い込みは根拠のないものだった。20〜30代の層でも接種済み、摂取希望者が60〜70%におよんでいるのが現実だ(東京感染症センター調査、8月26日発表)。

 かように国のワクチン接種は完全に滞っていて、希望者が容易に受けられない状況に陥っている。ぼくの場合、そのうちにと思いながらのんびりしていたところ、地元の区の摂取センターでは予約できない状態になっていた。区の担当者によると、突然都からワクチンを送るという連絡が来るので翌日にはネットに情報をあげるが、前もってはわからない。頻繁に区の情報を確認してほしいという。これが7月の状態である。そのままでは埒が明かないので、知人から聞いたヤフーの「新型コロナワクチンマップ」で、隣の区で接種可能なクリニックを探して予約を入れて済ませてきた。
 流れてくるツイッターを眺めていても、予約が取れないというひとがたくさんいることがわかる。ヤフーの「新型コロナワクチンマップ」はよくできたシステムで、接種可能なところを容易に探しだすことができる。都内の方なら、年齢に関係なく活用していただきたい。
 もっともワクチンの効果も100%ではない。マスクやうがい、手洗いなど、個人でできる対応策はこれまでどおりである。

 ことはワクチンの摂取に限らない。国の新型コロナウイルスへの対応や仕組みは、ことごとく誤ってきたのではなかろうか。いま起きている保健所業務逼迫、医療崩壊は、すべてはそこに起因するものだろう。我々が闘う相手は新型コロナウイルスではなく国である。隣国台湾では8月25日、3カ月半ぶりに新規感染者がゼロになった。人口2,300万人で、日本とは国の規模が違うといってもあまり説得力はない。その分こちらは予算規模も桁違いに大きいはずだ。
 先にあげた相馬市も参考になるが、トップに立つ者の政治的勘とやる気の違いだろう。衆議院総選挙も間近だ。この国の再生には、投票する側のセンスも問われる。(2021/09)


<2021.9.4> 

新型コロナワクチン(フリー素材より)

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon