いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第124回:世襲政治家天国
この2月7日、自民党の岸信夫元防衛相は、体調不良を理由として衆議院議員を辞職した。同日、岸氏の辞職に伴い長男の信千世氏は、父の地元衆議院山口2区の補欠選挙に立候補する考えを表明した。信千世氏は安倍晋三元首相の甥にあたり、「政界のサラブレッド」とも呼ばれているらしい。表明時の弁を紹介しておく。
「かつての曽祖父、祖父、伯父、そして父、こうしたみんな情熱をもってこの山口と日本の未来をつくるために行動を起こして参りました。こうした意思は私にもしっかりと受け継がれております」
早々に開設された信千世氏のホームページのプロフィール欄には、この弁を裏付けるかのように曽祖父岸信介元首相以来の系図が掲載された。それは女性と政治家にならなかった2名を排除したもので、世襲政治家をより強調した形になっていた。これを「普通の感覚があれば、こんなこと、恥ずかしくてできない。家系ではなくて私自身を見てください、と思うのが普通。この感覚では庶民のための政治はできない」と批判したのはラサール石井氏だった。
その石井氏に対しては、「自身の出身校を芸名にしている」という絶妙な突っ込みもあってずっこけそうになったが、石井氏の指摘は納得できるものだった。
これから政界に打って出る信千世氏には、訴えるのものは自身の系図しかないのだろうが、そもそも一般の候補者は何ももたない。自身の言葉と顔、行動で訴えて当選し、国会に出ていくしかないのだ。批判をうけた信千世氏、あっという間に系図を削除したと思ったら、その数時間後には「ただいまメンテナンス中です」と表示され、ホームページ自体が閉鎖されてしまった。
そういえば昨年12月、岸信夫氏の「このあたりで、信千世に譲りたい」という発言が報道されると、SNSでは「選挙区はあんたの領地ではない」「なぜ、当たり前に世襲なのか」などと大荒れになったこともあった。
岸陣営もこれでよく理解したであろうか。「世襲」を錦の御旗に掲げようとした戦略は、世間には受け入れられなかった。陣営も自民党山口県連も、戦略立て直しにおおわらわであろう。県連は同区補選の候補者公募を15日に締め切り、投開票は4月23日の予定だ。ちなみに県連会長も選挙対策委員長も岸信夫氏である。
なお同日は、安倍氏死去に伴う衆議院山口4区の補選もあるのでW補選になる。4区は安倍家身内からの後継擁立を断念し、安倍氏の強烈な信奉者という下関市議会議員吉田真次氏を自民党は公認した。安倍昭恵夫人が全面的に後押しするという吉田氏は安倍氏の地盤・看板を引き継ぐ模様だが、世襲候補とはいえないのだろう。岸信夫氏の地盤・看板・カバンのすべてを引き継ぐ長男、信千世氏は間違いなく世襲候補である。それぞれの動きを注視しておきたい。
1991年5月、安倍晋太郎元外相が急逝、93年6月に次男の晋三氏が晋太郎氏のあとを継ぎ、政界入りを果たした。晋三氏は亡父より地盤を引き継ぐとともに、晋太郎氏の政治団体が保有していた6億円とも7億円以上ともいわれる資産を相続した。「山口晋友会」「緑晋会」(のち東京政策研究会へ改称)などの政治団体を引き継ぐ形で無税で相続したのである。これは相続税法上の課税対象資産とも疑われたが、税務当局は動かなかった(「相続税対策にみる世襲政治の問題点」『ニュースサイトHUNTER』2019年3月26日付)。
この件について、2016年5月の国会質疑のなかで国税庁次長が答弁している。資金管理団体(政治団体も含む)が保有する財産は代表者個人に帰属するものではないため、相続税の課税関係は生ずることはないという。要するに、親が政治家であれば子は政治家でなくともよいのである。子が立候補する意思をもって政治団体を設立すれば、無税で相続が可能になってしまうのだ。
一般企業の場合、父が経営していた企業を子が継ぐとなれば、自社株の継承にかかる相続・贈与税が発生するだけでなく、親名義の土地・建物、金銭資産にも税金が課せられる。どうやら政治家家族だけに認められた特別ルールらしい。
元国税調査官大村大次郎氏による論考「国税が暴露。相続税も払わぬ世襲政治家に搾取されるニッポンの異常」(「MAG2NEWS」2022年12月3日付)によれば、政治団体の収支については、政治資金規正法に基づき政治資金収支報告書の提出が義務付けられ公表されているが、税務署の調査を受けることはない。一般企業の場合、不審な点があれば税務調査が入って銀行口座や取引相手などの調査が行われ、不正な収入や支出など厳重にチェックされるが、政治家にはそれがないという。
ただ木村氏は記す。「税務署も本当はやろうと思えば政治団体への税務調査はできるのですが、政治家には遠慮しているのです」、ということだそうだ。
また個人から政治団体への寄付は年間2,000万円まで非課税で認められている。つまり一般人の親が政治家である子の政治団体に対して2,000万円の寄付を数年間繰り返すことで、相続税や贈与税なしに資産を譲り渡すことも可能である。
さらに、政治団体間の寄付は年間5,000万円までは認められていて、しかも「政治団体一つにつき」である。親子双方が政治家で多数の政治団体をもっていれば、それだけ非課税で資産移動できる金額が増えることになる。安倍晋太郎氏は66もの団体を抱えていたという。
このように親から子へと、非課税で金を動かせるシステムがあるため、世襲政治家が増殖することになった。小泉純一郎元首相の地盤を引き継いだ進次郎氏、小渕恵三元首相を継いだ優子氏、衆議院議員の父岸田文武氏を継いだ文雄首相など、政治資金の無税相続や移動の恩恵に浴した方々である。そして岸田文雄氏のあとには翔太郎氏が政務秘書官として出番を待っているのだ。
大村氏によれば、地盤を何ももたずに立候補しようとすると、国会議員の場合で、初期費用のみで数十億単位の金が必要になるという。政治家にとっての「地盤」は長い間お金を使って培ってきたもので、その金銭的価値は明らかにもかかわらず、世襲議員が地盤を引き継ぐ際には贈与税も相続税も払うことはない。相続税法では、金銭的な価値のあるものはすべて相続税の対象になることからみれば、選挙の地盤が相続税の対象にならないほうがおかしいともいう。
世襲政治家が首相として登場してきたのは、平成になって以降(1989年〜)で、6割以上の首相が世襲政治家だという。この世襲首相激増の時代がまさに「失われた30年」、つまり我が国が急速に衰退していった時期と重なる。
何十年も前からわかっていたはずの少子高齢化も国民の貧困化も、世襲首相たちは傍観するだけで、なんの対策を打てないままに現在に至っている。また統一教会の問題も、利権やしがらみの引き継ぎという世襲政治家の弊害から起こったことでもある。すべて世襲政治家の優遇税制に起因すると指摘しておきたい。
もちろん、我々有権者の賢明な投票行動でもって防ぐことが可能なはずだが、実力よりも血を重んじてしまうのであろうか。まるで愚かな有権者が、無自覚なまま壮大な実験を国家レベルで行っているかのようである。4月23日の補欠選挙では、山口2、4区の有権者には、候補者本人の資質、人物をしっかり見極めての判断を期待したい。
ところで自民党山口県連のホームページを確認したところ、山口2区候補者公募受付は要項どおり15日で終了したと思われるが、17日現在、公認候補の発表がない。4区は吉田氏を公認候補として早々に表示していただけに不自然さがのこるが、両区とも告示日は4月11日である。それまでには何らかの動きがあると思われる。 (2023/02)
<2023.2.17>
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