いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第92回:Black Lives Matter運動をめぐって
ネット上でたまたま見かけたのだが、ショッキングな記事を読んだ。「HUFFPOST」(2020年6月5日付)にあった「黒人ファミリーの一員になった私。夫の密かな習慣で、黒人が置かれている立場に気づいた」(ハフポスト日本版・井上未雪)である。
アメリカ・バージニア州で、黒人の夫ウィルさんと暮らす日本人女性、ウィリアムズ友美さん(34)に取材した記事である。
夫のウィルさんは、近所のコンビニでもどこに出かけるにも髭を剃り、髪や服装をととのえ、突発的に走り出すことをしないようにしている。夫がそんな細かなことに気を配っていることを知ったのは、結婚してからのことだという。
はじめはたんに自意識過剰なのかと思っていたが、本人に聞いてみると、どんなひとが見ても、自分は危険人物でないことを見た目で主張することが必要なのだという。黒人以外のひとから見たらthug(ちんぴら)のような恰好は、とくに警察から目をつけられやすいから避けなくてはならないという話を聞かされ驚いたという。新型コロナウイルスが流行しはじめた頃も、「黒人がマスクをすると恐怖心しか与えない。誤解されたくない」と、マスクを着けたがらなかったという。
息子のマイカくんがよちよち歩きをする2歳頃のこと、義母から黒人としての振る舞い方を教えるように言われたという。それはどういうことかというと、「警察の前では抵抗しない、手は見えるところに置く、突発的な動作はしない」ということだった。
友美さんは、結婚して「黒人ファミリー」の一員となり子どもが生まれると、黒人が受ける視線を肌身に感じるようになってきたが、それでも日本人である自分には「Black Lives Matterってどういうことと思った。全人種みんなの命が大事」なのでは、と。でも義理の両親、友人たちとの対話のなかで、心の底からBlack Lives Matterの意図を理解できてきたという。
「私は黒人にもなれないし、苦しみはわからないと思うけれど、黒人ファミリーの一員になった日本人の目線で、Black Lives Matterについて伝えたいと思いました」
友美さんは今回の運動をみて考え、facebookでの発信を開始したという。
この運動とは、今年5月25日、ミネソタ州・ミネアポリス近郊で、白人警官が偽札使用容疑で黒人男性に手錠をかけ、路面に組み伏せたうえ頸部を膝で押さえて死亡させた事件を発端としてひろがった抗議運動で、Black Lives Matter(通称BLM)をスローガンにしている。ただBlack Lives Matter運動の大本となったのは、2013年2月、アメリカ・フロリダ州で黒人少年が白人警官に射殺された事件で、黒人に対する暴力や、構造的な人種差別の撤廃を訴えている。blacklivesmatter.comというwebサイトも、同年7月に立ち上げられている。
先のウィリアムズ友美さんについての記事に対し、10代からアメリカで暮らし、黒人男性と結婚した日本人女性は、次のように反論している。
この話やウィルさんをアメリカにおける黒人の代表のように思わないでほしい。うちの主人はマスクを着けることを躊躇したことはないし、髪や髭をととのえることに神経質になったりしない。どんな白人とも対等に話すし、堂々としている。彼と結婚してから、彼が何らかの差別を受けたことを見たことがない。アメリカで黒人と結婚するには、それなりの覚悟が必要である。こういう記事を書いたとしても、日本人にはなにもできないし、アメリカにおける黒人がみなひどい差別を受けているといったイメージや、勝手な同情だけが独り歩きしてほしくない。
『東京新聞』(同年6月9日付)に、アメリカ生まれで、アメリカでの取材も多いジャーナリストの木村太郎氏が、「米国人警官との接し方」という記事を書いている。黒人だけではない。アジア系住民と白人警官の問題である。
白人ではないアジア系の木村氏は、白人警官の機嫌を損ねると何をされるかわからないので、相手が男性警官なら「サー/Sir」、女性警官なら「マアム/Ma’am」と敬称をつけるように心がけているという。飲酒運転の検査で車を止められた場合では、
「免許証を」
「イエス、サー」
「アルコールは飲んだか?」
「ノー、サー」
「じゃあ行っていい」
「サンキュー、サー」
という具合だという。現実に、口答えをした日本人記者が摘発されて、ひと晩留置されたことがあるという。
この記事には、生中継中の黒人記者が、理由も告げられず白人警官に後ろ手に手錠をかけられて連行され、同じ取材をしていた白人記者はなんの咎めもなかったのだが、その様子はすべて生中継されていたという話も紹介されている。
こういう記事を読むと、白人ってそんなに特別な存在なのか? と言いたくなってしまうのだ。アメリカに限らず、白人中心の社会の多くではよく起こることと理解しておいたほうがよいのであろう。
ところで、初めの黒人の夫ウィルさんと木村太郎氏の行動は、よけいなトラブルを避けるためのものだろうが、2番目の黒人の夫はいつも堂々としていて立派な方だと思う。ただ、相手の白人によっては、いつなにが起きるかわからないリスクと背中合わせのもので、そのことをさほど自覚していない様子にちょっと心配になる。
冒頭の記事を読む数日前のこと、黒人の親が自分の子どもに、白人警官相手に黒人としての振る舞いを教える動画を、偶然YouTube で見ていた。日本語字幕付きである。親は身ぶり手ぶりをまじえて優しく教えているが、子どもは何度も顔を崩して泣き出し、そんな子どもを親が抱きしめる様子が収められていた。これもショッキングなものだった。
おそらく白人家庭に生まれた子どもは、日常生活のなかで親の振る舞いから、黒人やその他の民族との接し方を学ぶのであろう。その接し方は親によってさまざまなものになる。そうして黒人に対して暴力的な白人もつくられるのかもしれない。同じ国に暮らしていても、各家庭によって、まったく異なる世界があるのだ。
6月14日、東京・渋谷でも同様のデモが行われた。在日アメリカ人がSNSで呼びかけ、在日外国人や日本の若者3,500人が集まり行進した。主催者は「英語と日本語でこのブラック・ライブズ・マター運動がなんなのか、日本でも発信してきたい。そして日本にも黒人はいて、ともに生きているという事実を共有したい」と語ったという。
日本では、朝鮮学校が授業料無償化の対象除外となっている問題があるが、2019年、最高裁は除外を適法とした。さらに毎年9月1日、墨田区の横網町公園で行われてきた「関東大震災朝鮮人犠牲者追悼式」に対して、東京都は今年の追悼式開催に必要な「公園占有許可」をいまだに出していない。この追悼式に対して歴代都知事は追悼文を寄せてきたが、小池氏は都知事就任直後の2016年は送ったものの、翌年からは送っていない。ほかにも出入国在留管理庁(入管)の収容施設での扱いが、欧米人の場合とその他の国のひとではまったく異なる例や、沖縄出身者を入居拒否するマンションの話もいまだにある。
日本では、入管の収容施設をのぞけば暴力的なものは少ないが、ここであげたような根深く存在する差別が、Black Lives Matter運動と同列に扱ってよいものかどうか、ぼくには理解できていないのだ。 (2020/06)
<2020.6.17>
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