いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第75回:豊洲市場の新たな疑惑
年の暮れも迫った1日、築地場外市場に繰り出してみた。年末年始は書き入れ時である。人があふれ、よく賑わっていた。ただ、年末の買い出し客ばかりとはかぎらない。観光客らしいひとが多く感じられた。いや、買い物さえしてくれれば観光客だって立派な客である。覗き見気分で繰り出しているぼくのほうが、よっぽど始末に負えない輩だ。
いや、こっちだって買うつもりで覗いたのだが、安くない。庶民にはちょっと手が出ない値段のものばかりだった。手頃なものもあるのだが、モノがよろしくない。買う気にさせる顔色をしていないのだ。結局、その足で住まいから比較的近場のデパートの地下食品売り場に行ってみると、顔色も値段も納得のものが容易に手に入った。思わず「さすが!」と見直してしまった。
1月5日、豊洲市場で行われた今年の初競りには驚いた。青森県大間産のマグロ1匹(278kg)になんと3億3,360万円。記録が残っている1999年以降の最高値という。いくらご祝儀価格とはいえ、そんなバカなといいたくなる。落札したのは「すしざんまい」チェーンを運営する喜代村の木村清社長。落札後「やっちゃったね。やりすぎちゃった」と、本人もちょっぴり反省していたそうだが、仲卸業者のひとりは「ちょっと度が過ぎている。宣伝にしてもどうなのか」と首をかしげていたそうである(『日刊スポーツ』2019年1月6日付)。東京都は本来適正価格に抑えるように指導する立場なのだが、小池都知事は自分の立場もわきまえず、「ご祝儀相場とはいえ、コイツぁ春から縁起がいいやぁ!!!」とご機嫌なツイッターを飛ばしていた。
たしかにこの1匹に関してはめでたいのだろうが、「初市の鮮魚入荷量は前年比35%減、生マグロ6割減」という寂しい報道もあった。先の木村社長も競り場を見渡しながら、「人も魚も少ない」と呟いていたそうだ(『日本経済新聞』電子版、同年1月7日付)。噂レベルの話だが、今月中に30軒ほどの業者が店じまい、あるいは吸収されるという。商売が成り立たないのだ。
どう見ても低迷状態の豊洲市場を救わねばと、小池都知事も策を練ったらしい。1月12日、8時より15時まで「豊洲市場Oisii土曜マルシェ」が開催された。青果棟そばの屋外スペースにて鮮魚や野菜の販売のほか、天然ブリと旬の野菜を使った「豊洲鍋」やサザエのつぼ焼きなどが食べられるという。3月30日まで、毎週土曜日に開催されるというが、業者の売り上げにはさほど影響があるわけでもないという。
築地市場跡地に国際会議場案というネットのニュースをみた。どうせ、いずれころころ変わっていく思いつきのような話だろうと思っていたら、テレビ・新聞ともしっかり取り上げていた。築地市場跡地は2020年の東京五輪・パラリンピックでは駐車場として使用されることになっており、その後の利用法として、大規模な国際会議場や見本市会場、高級ホテルを誘致するということだが、少しおいてカジノへという話まで湧いてきた。
いまさらというような話である。築地市場が豊洲へ移転する前のこと、建築エコノミスト森山高至氏は豊洲市場の建物を東京五輪・パラリンピック会期中はメディアセンターとし、その後は国際会議場や見本市会場などにという提案はさんざんしていたではないか。それよりも、順調に黒字で運営されていた築地市場を壊しておいて、年数百億円という赤字を垂れ流す豊洲市場を、東京都は今後とも維持していくつもりであろうか。
ところで豊洲市場に関して、テレビも新聞もまったく取り上げない裁判が進行中である。築地市場の営業権の問題でもなく、まったくの別件である。福岡のデータマックス社が運営する「Net IB News」が熱心に情報発信してくれている。
ほとんど報じられていないが、昨年12月5日、豊洲市場水産仲卸売場棟の構造計算偽装をめぐる裁判において、仮の使用禁止申立に関して、東京高等裁判所は「抗告許可」を決定した。どういうことかといえば、最高裁判所への上訴を東京高裁が認めたということになる。
この申立裁判は2018年6月29日、5人の築地仲卸業者らが東京都を相手取り、豊洲市場水産仲卸売場棟の耐震偽装・建築基準法令違反の是正を求めて提訴、7月9日にこの建物の仮の使用禁止の義務付けを要請する申立が行われていた。
原告団によれば、水産仲卸売場棟は1階柱脚部分の鉄量が必要量の56%しかないことや、構造計算に耐震偽装があることなど、重大な建築基準法令違反があるという。建築基準法上の耐震基準は「震度6強〜7程度の大規模地震で倒壊や崩壊しないこと」というものだが、豊洲市場の建物はもっとも強くあるべき1階がもっとも弱い構造になっていて、耐震基準に適合していないという。
もともとは構造一級建築士の仲盛昭二氏が、2017年11月に東京都を相手取り東京地裁に訴えたものだった。ところが翌年3月、東京地裁は問題の核心にはまったく触れることなく、原告の仲盛氏が福岡市在住のため豊洲市場倒壊の影響を受けることはないとして却下してしまった。こうした動きが6月29日の仲卸業者による提訴・申立につながった。
ところで、先の2018年7月9日の申立を東京地裁は10月5日に却下、さらに11月7日、東京高裁は申立人の「抗告棄却」を決定。そこで申立人は東京高裁に対して、最高裁宛の「特別抗告」と高裁宛の「抗告許可申立」を提出したところ、東京高裁は「抗告許可申立」を認めたものである。さすがに高裁も「法令の解釈に関する重要な事項を含む」と認めるしかなく、最高裁の判断を仰ぐ必要が生じたということであろう。極めて稀なケースだという。かくしてこの一件は最高裁によって審議されることになった。それが昨年の暮れのことである。
豊洲市場の建物は、日建設計というその分野では国内最大手、東京タワーや東京スカイツリー、東京迎賓館などを手掛けた会社が設計を担当している。その最大手の設計会社が、水産仲卸売場棟の構造計算の際に偽装を行い、東京都も審査でそれを見逃したために建築基準法令に適合しない建物が完成してしまったというのが仲盛氏や原告側の主張である。
日建設計・東京都からは「検査済証」が交付されているから問題ないという回答がなされているが、設計図に照合して行われる「完了検査」によって交付されるのが「検査済証」であって、あくまでも設計図は適法であることが前提である。設計図や構造計算書はそれ以前の「建築確認」によってチェックされるべきものだが、東京都は見逃していた。
2005年に騒動となった姉歯秀次氏(当時一級建築士)の偽装建築問題も、これと同様のものだった。姉歯氏は構造計算書を偽装したとされたが、手掛けたすべての建物にはすでに「検査済証」が交付されていた。偽装された設計図であろうが、設計図どおりにつくられていれば「検査済証」は交付されることになる。それとまったく同じことが豊洲市場で起きていたことになる。
日建設計は国内最大手であるがゆえ、手掛けている物件も多い。関わっている自治体も全国におよぶはずだし、民間の大型建築物も少なくなく、数百件とも数千件ともいわれている。はたして、この構造計算書の偽装は豊洲市場にかぎったものであろうか。
仲盛氏は東京地裁に提訴する以前の2017年3月、東京都と日建設計、日本建築構造技術者協会に対して質問状を送付しているのだが、すべて黙殺されてきた。それがようやく最高裁によって審議されるという。最高裁は逃げることなく、正面から向き合ってくれることを期待したい。いま関係者は、息をひそめて推移を見守っているはずだ。 (2019/01)
<2019.1.22>
賑わう年末の築地場外市場(2018/12/29)<写真提供・筆者 以下同>
豊洲2018/市場(11/17)