いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第149回:東京電力刑事裁判
2011年3月の福島第一原発事故は、大地震と津波という自然災害によるものとはいえ世界最悪レベルのものだった。以前より東京電力内部でも巨大津波事故を予見する指摘もありながら回避策を怠り、人為的事故の可能性もあったが検察は動くことはなかった。市民団体による訴訟も不起訴とされ、検察審査会の議決をへて刑事裁判へと移っていた。
原発事故から14年になる今年の3月5日、東京電力旧経営陣を被告とした刑事裁判で、最高裁は上告を退け、旧経営陣ふたりを無罪とした。当初、被告は勝俣恒久元会長、武黒一郎元副社長、武藤栄元副社長の3人だったが、勝俣氏は昨年10月に死去、公訴棄却となっていた。『東京新聞』(2025年3月7日付)、「NHK NEWS」(同年3月6日付)、「JIJI.COM」(同年3月7日付)などを参考に、この裁判に至る経緯をまとめてみた。
2008年3月、東京電力の地震・津波担当社員らは子会社より、国の地震活動の長期評価に基づき福島原発周辺で最大15.7メートルの津波が起こるという試算報告を受けていた。津波対策の判断を仰ぐ会議の席上、武藤元副社長に対して津波に関する試算と防潮堤の強化工事を提示した。4年の歳月と数百億円規模の工事だった。しかし武藤元副社長の返事は「研究しよう」というもので、外部機関への調査依頼を指示するにとどまった。翌年2月の3人の旧経営陣が出席した会議でも取り上げたが、踏み込んだ議論もないままに迎えた東日本大震災だった。放射能の拡散によって避難した病院の患者たちを死傷させ、多数の避難者を出すことになってしまった。
2012年6月、被災者らがつくる「福島原発告訴団」など複数の市民団体は、東京電力の勝俣元会長、清水正孝元社長、班目春樹元原子力安全委員長、菅直人元首相など42人と、法人としての東京電力を業務上過失致死傷の容疑で告訴・告発。先の地震・津波担当社員らも会議の経緯を供述したが、13年9月検察は長期評価について、「裏付けデータに乏しいと考える専門家もおり、精度が高いと認識されていたとは言い難い」と判断、42人全員を不起訴処分とした。
舞台は検察審査会へと移り、報道ではあまり聞き慣れない「強制起訴」「検察官役の指定弁護士」という言葉が使用された。検察審査会が2回「起訴すべき」と議決した場合、裁判所が指定した弁護士が強制起訴することになる。これが「検察官役の指定弁護士」である。ただ検察が立件を断念したケースで有罪となる例は稀という。
今回のケースでは、市民団体の申し立てによって検察審査会が2014年7月、15年7月の2回「起訴すべき」と議決したため16年2月、3人の旧経営陣は業務上過失致死傷の罪で強制起訴され、刑事裁判へと移った。
刑事裁判の初公判が東京地裁で行われたのは2017年6月だった。被告3人は無罪を主張。地震・津波担当社員も証人として法廷へ呼ばれ、2年以上の審理をへて19年9月に言い渡された一審判決は全員無罪、指定弁護士は不服として控訴。
2023年1月、二審は「巨大津波の襲来を予測することはできず、事故を回避するために原発の運転を停止するほどの義務があったとはいえない」として無罪を言い渡し、指定弁護士は上告。
そうして開かれた今年3月5日の上告審だったが、「長期評価は当時の国の関係機関のなかで信頼度が低く、行政機関や自治体も全面的に取り入れていなかった。10メートルを越える津波を予測できたとは認めることはできない」として上告は退けられ、経営陣の無罪が確定した。
この刑事裁判と並行して民事裁判も進行していて、刑事裁判の一審と二審の間に旧経営陣の責任が問われる判決が出ている。
2022年7月の東京地裁において、東京電力株主を原告として、上記3人の旧経営陣に清水元社長を加えた4人に対し損害賠償を求める判決が言い渡された。「原発で過酷な事故が発生する恐れがあることを認識しながら、必要な措置を指示しなかったときは、取締役としての善管注意義務に反する」とし、津波を予測した政府機関の「長期評価」には相応の信頼性があり、津波対策を義務付けるものだったとして、4人の不作為と事故の因果関係を認定、刑事裁判とは正反対の判断となった。旧経営陣4人に13兆円の支払いを命じたが双方ともに控訴、6月に東京高裁の判断が予定されている。
この判決の1カ月前の6月、福島原発事故による避難者が国に賠償を求めた訴訟で、最高裁は「東京電力に安全対策を命じても事故は防げなかった可能性が高い」として国の責任を認めず、避難者側の敗訴とした。津波の予測の可能性や長期評価の信頼性には触れることはなかった。おそらくこれまで、国の責任を認めた最高裁判決は1件も出ていない。
旧経営陣を訴えた刑事と民事の2件の裁判は、巨大津波を予見できたか、対策によって事故を回避できたかの同じ2点が争点になっているにもかかわらず、判断が分かれてしまった。ベテラン裁判官によれば、刑務所に入るなどの人身の自由を侵害するような厳しい罰が科される刑事裁判と、損害賠償責任が問われる民事裁判では立証のハードルが大きく異なり、結論が異なることはあり得るという。
石破茂政権は2月の「エネルギー基本計画」改定で、「可能な限り原発依存度を低減する」との従来の表現を撤回し、原発を最大限活用する姿勢を鮮明にした。パブリックコメントには過去最多となる4万件以上の声が寄せられ反対意見が多数を占めたというが、それらは無視され、国民の理解を欠くなかで原発回帰に舵を切ったのである(『東京新聞』2025年2月29日付)。
このように、原発の今後の方針を決定するのは国である。電力会社の肩をもつわけではないが、原発の導入も国主導で進められた経緯があり、電力会社を原発に引き込んでいったのは国である。にもかかわらず、事故の責任は国にはまったくないという判決には納得できるはずもない。
今後も原発関連の大規模事故が起きるのであろうが、こんな国に生まれてしまった己の身を嘆くしかないのであろうか。さらに使用済み核燃料の問題は何も解決していない。中部電力浜岡原発2号機の原子炉解体工事着手という報道があったが、解体された放射能まみれの資材の処分は未定という。原発はいまだに完成された技術ではないのだ。 (2025/03)
<2025.3.19>
事故後の福島第一原発。左から1、2、3、4号機(2011年3月16日撮影/東京電力ホールディングスHPより)
中部電力浜岡原発2号機、原子炉圧力容器の上蓋部分(中部電力HPより)