いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第116回:マハティール・インタビュー
この5月末、来日中のマレーシアのマハティール元首相への各メディアによるインタビューが行われたようだが、偶然「NHK NEWSWEB」(2022年5月26日付)の記事を読んだ。マハティール氏は二度首相を務め(2020年2月の1週間の暫定首相を含むと三度になる)、高度成長期の日本をモデルにマレーシア経済を大きく成長させたことで知られるが、現在96歳になる。以前にもこの欄(35回目)で、同氏が提唱した「東アジア経済共同体構想」について、わずかだが触れたことがあった。
NHKの記事は、おもにアメリカのバイデン大統領が立ち上げた新たな経済連携IPEF(アイペフ)についてのもので、マハティール氏はその中国排除の思惑に否定的な考えを示した。
IPEF(インド太平洋経済枠組み)は5月23日、訪日時のバイデン大統領が、岸田文雄首相との会談後に表明したもので、日本がしっかりと抱き込まれた形で発足した。発足段階の参加国はアメリカ、日本、インド、ニュージーランド、韓国、シンガポール、タイ、ベトナム、ブルネイ、インドネシア、マレーシア、フィリピン、オーストラリアの13カ国だったが、6月11日にフランスのパリで開かれた第1回目の非公式閣僚級会合では、フィジーも加わり14カ国となった。
アメリカは、トランプ政権時のTPP離脱によるインド太平洋地域への影響力の弱体化を補うためにIPEFを立ち上げたもので、リーダーシップの回復が目的である。インドをはじめ、ASEAN10カ国中7カ国という予想外の参加を得てバイデン大統領はご機嫌だったようだ。
それに対しマハティール氏は、「これは中国を排除し、対抗しようとするものだ。中国に反対しアメリカに友好的な国をつくるという政治的な目的がある」と否定的な見方を示した。
また「経済発展には安定が必要で対立は必要ない。アメリカは中国を締め出すことに熱心なようで、南シナ海に艦艇を送り込んでいる。いつか偶発的な事故が起きて暴力行為や戦争になるかもしれない。これはASEAN諸国の経済発展にとってよいことではない」と、米中対立の激化を避け、地域の安定こそが東南アジア諸国の経済発展に必要なものだと述べた。
折しも6月10日、シンガポールで始まったアジア安全保障会議ではアメリカの思惑などどこかへ掻き消えてしまっていた。アメリカや日本がASEAN側に中国への圧力強化を求めたのに対し、多くの国は困惑し、中国からの大きな反発を招いただけだったのだ。「朝日新聞DIGITAL」(同年6月11日付)が関係者の声を紹介している。
「米国はASEANに何かを求めているが、この地域での米国の存在は小さい。中国への圧力を増すようなことはできない」
マハティール氏へのインタビューについて、外交評論家の天木直人氏はNHKが報じなかった言葉を自身のメールマガジンで紹介している(同年5月27日付)。
「マレーシアは中国との付き合い方を1000年かけて知っている。軍事力の強化ではなく対話の強化だ」
天木氏はこの言葉について、国名こそ出していないものの、アメリカの中国敵視政策の誤り、ひいては対米従属しか能のない日本に対する痛烈な批判だと記す。
マハティール氏がASEAN10カ国+日本・中国・韓国を加えた「東アジア経済共同体構想」を表明、日本に参加を要請してきたのは、天木氏がマレーシア大使館に勤務していたときだった。海部俊樹首相(当時)のマレーシア訪問が予定されていて、その中心的役割を日本に求めてきたのだ。それを知ったアメリカは、参加を拒否するように強烈な圧力をかけてきた。マハティール氏はアメリカにも多くの友人がいて、彼らを通じてアメリカの思惑を知っていたというが、そのとき同氏が語った言葉は次のようなものだった。
「アメリカは東アジア経済共同体構想自体に反対しているわけではない。アメリカが参加せずに日本が入って、東アジア経済共同体の盟主のようにふるまうのが許せないのだ」。さらに「アメリカは度し難い日本蔑視の国だ。そんなアメリカと日本はよくも我慢して同盟関係を結んでいるものだ」と。
天木氏はこれらすべてを当時の外務省に報告したが、日本政府はアメリカに従い東アジア経済共同体への不参加を決定し、構想は頓挫した。
以下、天木氏のメルマガの内容を若干整理しながら記しておきたい。
「あれから30年以上たち、日本の対米従属ぶりは、ついに中国を敵国とみなすようになった」
「インタビューの最後に、マハティールはNHKに頼まれて日本の若者たちに色紙を書いてエールを送った。日本は素晴らしい国だから頑張ってもらいたいと。それはマハティールの本音に違いない。しかし、そのときのマハティールの笑顔は、かつての力強い笑顔ではなかった。あきらめたような穏やかな笑顔だった。彼が初めて日本を訪れたのは1964年の東京五輪の活気あるときだったが、マハティールが日本びいきになったかつての力強い日本は、どこに行ってしまったのかというあきらめの笑顔のように私には見えたのである」 (2022/06)
<2022.6.14>
2022年4月15日、高橋克彦マレーシア大使がマハティール氏を表敬訪問した際のひとこま(在マレーシア日本大使館HPより)