いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第142回:親ユダヤと正義

 先日閉会したばかりのパリ・オリンピック開催に先駆けて、パレスチナ・オリンピック委員会がイスラエル選手団の排除を求めたことについて問われたIOCのバッハ会長は、「(両国勢に)それぞれ敬意をもっている」と述べ、問題に介入しない姿勢を示していた。
 独裁的で絶大な権力をもつといわれるバッハ会長だが、彼はドイツ人である。ナチス政権によるホロコーストの贖罪のためにイスラエル擁護を国是とした環境で育ってきた。二重基準と非難されようが、イスラエル排除の選択肢はないのである。
 パレスチナ・オリンピック委員会は、昨年の10月以降300人のアスリートや審判員が死亡したことを明らかにし、今回は8人の選手を参加させた。またイスラエル選手団や選手に対しては、観客席から何度かブーイングがあった。
 
 中東地域の紛争は1948年、アラブ、ユダヤ双方の武装対立と緊張関係のなかで、ユダヤ側による一方的なイスラエル建国宣言に始まった。とくに67年の第3次中東戦争ではイスラエルがエジプトなどに侵攻し、6日間でシナイ半島、ガザ地区、シリア領ゴラン高原、ヨルダン川西岸地域、東エルサレムを占領し、そののちも現在までパレスチナで占領地域を拡大している。昨年10月のハマスによるイスラエル攻撃は、その占領政策への反発である。
 イスラエルは1949年に国連に加盟国したが、パレスチナはオブザーバー国家として承認されていて、193の国連加盟国のうち145カ国が国家承認している。ノルウェー、アイルランド、スペインの3カ国は今年5月に承認国となったばかりだ。日本はアメリカ、イスラエルなどとともに承認していない少数派である。それでも東京には、パレスチナ自治政府の「駐日パレスチナ常駐総代表部」が置かれている。
 
 さて今年の広島、長崎両市の平和記念(祈念)式典は、予想以上に大騒ぎとなった。両市のイスラエルへの対応が異なり、イスラエル招待を見送った長崎市の式典へ、日本を除くG7の6カ国とEUの大使が出席を拒否したためである。いずれもユダヤ人迫害に関わってきた長い歴史がある国々だが、我が国はそうした歴史は共有しておらず、地理的にも距離がある。そうした国々と同じG7でいることの危うさのようなものを以前から感じていた。
 広島市は2006年以降、日本に大使館のあるすべての国、EUを対象に招待していて、そこにイスラエルは含まれ、パレスチナは含まれていない。ただウクライナ侵攻以降、ロシアとベラルーシの招待を見送っている。市の担当者は「ウクライナを支援する西側諸国が参列を見送る懸念などを、外務省から指摘されて判断した」と述べている(『東京新聞』2024年5月11日付)。
 他方長崎市は基本的に広島市と同様だが、2014年以降パレスチナを招待している。ロシアとベラルーシに加え、前述のように今年はイスラエルの招待を見送った。
 
 長崎市の鈴木史朗市長が、イスラエルの招待保留の方針を発表したのは6月3日。3週間後にはアメリカのユダヤ系団体「サイモン・ウィーゼンタール・センター」が抗議声明を出している。日本国内で反ユダヤ主義が広まりつつあることに懸念を示し、長崎市はその一例だと指摘した。そして7月31日になって、長崎市はイスラエルを招待しない方針を最終決定した。そのおよそ2カ月の間の動きを探ってみた。
 先の『東京新聞』の記事にある「外務省の指摘」は、国からの圧力であろう。イスラエルの件では、長崎市にもあらゆるルートを使っての圧力があった。さらに、G7の6カ国とEUの大使連名の鈴木史朗市長宛書簡も届いた。ハマスのハニヤ前最高幹部の訪問先イランでの殺害をめぐって、イランがイスラエルへ報復攻撃を行ったとしても、この6カ国はイスラエル擁護に立つはずだ。鈴木市長の苦渋の決断だったことが窺われる。
 最終決定に対しては、即日で「サイモン・ウィーゼンタール・センター」からの二度目の抗議声明があった。
 なお鈴木市長はこの最終決定ののち、G7の6カ国とEUの大使(代理人を含む)へ口頭で説明したことを明らかにしている(「NHK NEWS」同年8月8日付)。ユダヤ系のエマニュエル駐日米国大使と直接やり合った可能性もあるが、鈴木市長は屈することはなかった。駐日大使の歯ぎしりする顔が目に浮かぶ。
 
 鈴木市長の最終決定の10日ほど前の7月19日、国際司法裁判所(ICJ)は、イスラエルによるパレスチナ占領政策は国際法に違反していると勧告した。これは昨年1月の国連総会からの要請によって行われていた審理の回答である。
 ICJは、イスラエルの2005年のガザ地区撤退後も実質的支配が続いており、イスラエルの占領は継続中という見方を示し、ヨルダン川西岸地区と東エルサレムからも入植者全員の退去を求めると同時に、パレスチナ人にもたらした被害の賠償を求めている。
 この問題に対してICJが判断を示すのは初めてで、勧告に基づいて国連決議が採択される可能性もある。もちろんイスラエルのネタニヤフ首相は反発している(「BBC NEWS JAPN」同年7月20日付)。
 このICJの勧告は、鈴木市長の最終決定の大きな後押しとなったはずだし、我々の理解の補助にもなった。イスラエルのやってきたことはロシアと同列であり、ガザへの攻撃は集団的自衛権の行使との主張は認められないということである。不思議なことに、「サイモン・ウィーゼンタール・センター」からICJへの抗議の跡が見当たらない。
 
 ここで、首を傾げるようなことが起きる。8月7日のホワイトハウスの記者会見で、この件について記者から問われたジャン・ピエール報道官は何も知らなかったのだ(『毎日新聞』電子版、同年8月8日付)。8日になって、米国務省のミラー報道官がエマニュエル駐日大使の行動を追認し、同大使の単独での行動だったことが明らかになった。同大使の本名はラーム・イスラエル・エマニュエル。国務省トップ、ブリンケン国務長官とともにユダヤ人である。
 長崎市の件では、エマニュエル駐日大使がカメラを前に積極的に発言していた。断じてイスラエルの排除は許せなかったのだ。6月の鈴木市長の発表を見て、即座に動いたのが同大使であろう。「サイモン・ウィーゼンタール・センター」に連絡すると同時に日本政府にも抗議した。5カ国とEUの大使に働きかけたのも同大使であろう。働きかけられた5カ国とEUも同調せざるを得なかった。もし同大使の働きかけがなかったなら、それぞれに思うところはあったにしろ、抗議の欠席まではなかったのではないか。
 エマニュエル駐日大使は鈴木市長宛に、8月6日付の抗議書簡も送っている。同時に「彼のせいで自分は出席できなくなったのだ」と、カメラの前で言い放っていた。このときの会見について、ドイツのジャーナリスト、マライ・メントライン氏がXで、素直に印象を呟いてくれていた。
 「これは反感買うこと承知でやっているというか、よほど見下しているのか、いずれにせよ露骨すぎてよろしくない。でも堂々とやるんですね」(同年8月7日付)
 メントライン氏はバッハ氏より年代が若い。「イスラエル擁護の国是」への疑問をあからさまに表明できない空気に困惑している世代だ。
 8月4日、広島市の平和記念式典の2日前である。招待されなかったロシアのガルーシン前駐日大使が、広島市平和記念公園に献花に訪れたという。またロシアのノズドレフ大使は、6カ国とEUの大使らの欠席について、「住民に失礼だ。まさに式典が政治化されていることの証だ」と批判している(「日テレNEWS」同年8月8日付)。ノズドレフ大使の発言は、まさに正論である。
 
 ここにとんでもないニュースが入ってきた。アメリカの大統領選でハリス大統領が実現した場合、エマニュエル駐日大使は11月下旬で任を離れて帰国し、ハリス政権への政権移行準備に関わるという。
 民主党大統領候補ハリス氏の夫はユダヤ人だが、共和党のトランプ氏とどちらが大統領になろうがイスラエルをめぐる対応には大きな差はない。来年はロシア、ベラルーシ、イスラエル、パレスチナすべてを招待してみてはいかがだろうか。どういう事態になるのか見てみたい。支持の薄いネタニヤフ首相はいずれ断罪される。アメリカなど6カ国は早く親ユダヤではなく正義に立つべきだ。
 ユダヤの敵、鈴木市長の身には何が起こって不思議ではない。保守系であろうが、しっかり支えなくてはならない人物とみた。 (2024/08)
 

<2024.8.15> 

エマニュエル駐日大使と松井一實広島市長(「ラーム・エマニュエル駐日米国大使 X」2024年8月6日付より)

いま、思うこと

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工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon