いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第126回:沖縄県の自主外交
紹介するのは『琉球新報 DIGITAL』(2023年3月31日付)の記事である。『沖縄タイムス』『八重山日報』両DIGITAL版にも同様の記事がみえるが、全国紙には見当たらないようだ。おそらく紙版でも同様であろう。
沖縄県の照屋義実副知事は、東京の中国大使館で21日に着任したばかりの呉江浩駐日大使と面談し、玉城知事の中国訪問にあたって、中国側の要人との面談についての協力を求めた。呉大使は「最近の地域の安定に対して不安視する見方は、中国としても懸念しており、対立ではなく平和的な解決がなされるべきと考えている」と応じ、さらに「沖縄と中国との経済、文化、人材などの交流を盛んに進めることはとてもよいこと」と、相互の友好感情、協力関係を深めていくとした。
玉城知事は2023年度中の訪中を希望しているが、具体的には未定である。沖縄県は4月1日に「地域外交室」を立ち上げる予定で、その一環として県幹部が初めて中国大使館を訪問したという。
今回の沖縄県の動きには前段があった。『琉球新報 DIGITAL』(2022年12月21日付)の記事である。同20日、報道各社が参加した新春インタビューの場で玉城知事は、沖縄が武力攻撃に巻き込まれる恐れが強い台湾有事を回避する一助として、県として自治体外交を展開する考えを示し、次のようにも述べている。
「沖縄から地域の緊張緩和への貢献を図っていく。私や副知事が中国や台湾、韓国などへ訪問し、カウンターパートとしての関係構築を継続したい」
ところで、中国大使といえばこんなことがあった。2月末、呉江浩大使の前任、孔鉉佑大使の離任にあたって岸田文雄首相へ慣例の挨拶の申し入れをしたが、岸田首相は拒否している。直後は硬化する日本国内の対中世論への配慮、2カ月も過ぎてから日程の都合上面会が実現しなかったと言い変えているが、極めて異例の事態だった。
急遽行われた4月1日の林芳正外相の訪中は、拘束された日本人の解放交渉が表向きの目的だったが、非礼のお詫びが真の目的という噂もあった。林外相は次のようなコメントを発表している。
「今度の訪中で、日中はあらゆるレベルで意思疎通を図っていくことで合意した」
不思議なことに、照屋副知事の中国大使館訪問が「あらゆるレベルで意思疎通」と符合しているようにも思えてくる。
ここからは、外交評論家天木直人氏のメルマガを参考にさせていただく。天木氏は昨年2月頃からだろうか、沖縄県に中国との自主外交を勧めるメルマガを何度も発信している。そのメッセージの内容をまとめてみる。
天木氏が繰り返しメッセージを発信しているのは、台湾有事を念頭に岸田政権が性急に推しすすめる沖縄・先島諸島の防衛力強化があるからだ。もちろん米軍基地ではなく自衛隊のミサイル基地や弾薬庫などである。
台湾有事は中国による台湾への軍事侵攻にとどまらない。アメリカが中国の台湾侵攻抑止を口実に経済制裁を強化し、中国側が先に手を出すように仕向けることもある。
アメリカのインド太平洋軍の司令官を務めたデービッドソン氏は2021年、中国は2027年までに台湾に侵攻する可能性があると上院で証言した。それは全面侵攻に限らず小規模な事態の多発の可能性もあると、その後のインタビューで応じている。
岸田政権による防衛力強化はそうしたアメリカ側の要請によるものだが、いまの我が国のテレビ・新聞含めての1億総中国敵視のなかでは、それに抗う動きは強くない。このままでは真っ先に戦場に、攻撃拠点になるのは沖縄県である。再び捨て石にされる。玉城知事は、いますぐ中国に飛んで、習近平国家主席と直談判しなくてはならない、という内容だが、まだ続く。
しかし、いくらなんでも日本の一知事と中国の国家主席では無理がある。幸い沖縄県は1997年、中国の福建省と友好県省を締結している。昨年11月にはオンラインでの25周年記念式典を行い、玉城知事、福建省の趙龍省長も出席している。
しかも福建省は習近平が省長を務めたこともあり、福建省と習近平は直結しているという。政府間の外交とは一線をおきながらも、表向きは姉妹都市交流として動きながら実質的な話も進められるはずだ。つまり次のような共同宣言を目指すのだ。
沖縄県と福建省はけっして台湾有事を望まない。沖縄県は日中国交正常化に関するこれまでの政府間4文書(1972年日中共同声明、1978年日中平和友好条約、1998年日中共同宣言、2008年日中共同声明)を遵守し、福建省はそれを歓迎する。沖縄県と福建省は日中の共存共栄を願い、沖縄県は福建省と共存共栄を目指す。
本気度をみせれば中国側にも響く。幸いにも福建省には東南アジアを対象にした産業特区構想もあるという。そこに沖縄県も参加し、日本側企業の窓口となってもよいし、那覇空港と福建省間の直行便構想があってもよい。
福建省と沖縄県の和平合意を習主席は歓迎し、お墨付きを与えるかもしれない。それだけではない。「沖縄県と中国はいまこそ平和的互恵関係を宣言する時だ」と、平和的な中国を世界に向けてみずからアピールするかもしれない。こうして沖縄県と中国との平和的共存関係を実現するのだという。
天木氏はこうした内容を、沖縄県幹部に近い人物に直接電話で伝えてきているという。もちろん、メルマガでその人物の名前を明かしたりはしていないが、ずっと伝えてきているという。
しかし沖縄県の動きはなかなかみえなかった。「残念ながら、沖縄県は打っても響かなかった」と諦めかけていたが、副知事の中国大使館訪問という形でようやくみえてきた。
しかし自主外交とは綿密なシナリオをもとに、極秘で打診しながら慎重に進めるべきものだ。甘木氏は、公表するのはすべてが上手くいったときとしていたのだが、沖縄県側には極秘裏という考えはないようだ。冒頭に紹介したように、玉城知事はポロポロと記者発表している。
「売国行為だ、沖縄はとっとと独立しろ、中国の植民地になれ」との罵詈雑言が飛び交っているというが、それを天木氏は当初より懸念していた。玉城知事の行動には困ったと記しながらも、発表したからには後戻りはできないが、幸い報道はそれほど大きくない。姉妹都市交流は誰も否定できないはずだし、あとは知事を応援するしかないとしている。日本政府はどう反応してよいものかわからず、傍観しているのだろうと甘木氏はみている。
佐藤優氏が連載「ニッポン有事」796回(『週刊アサヒ芸能』同年4月13日号)で、ほぼ同様のことを、つまり沖縄は「独自の自治体外交をして『沖縄を再び戦場にしない』という決意を示すべきだ。それが琉球王国の伝統を受け継いだ沖縄のあるべき姿だ」とまで書いているという。佐藤氏は沖縄の血を引く身で、沖縄に関する論評ではさほど疑問に思うところはない。玉城知事の密使を佐藤氏に依頼してもよいのではないか、とまで天木氏は記している。
4月6日、フランスのマクロン大統領が中国を訪問し、習近平国家主席の厚遇を受けたという報道があった。マクロン大統領が中国に急接近といった雰囲気の報道が多かったが、記者会見で大統領自身が語っているように、「ヨーロッパは米中のどちらにも追随すべきではない」というのが本音に近いだろう。さらに次のようにも述べている。
「最悪なのは、ヨーロッパがアメリカや中国に追随しなければならないと考えることだ」さらに「ヨーロッパはアメリカと中国の対立から一定の距離を保つ『戦略的な自立』を確立し、『第3極』となるべきだ」(「TBS NEWS DIG』同年4月12日付)
「ヨーロッパ」をそのまま「日本」に置き換えてみてはいかがだろうか。甘木氏の沖縄県への訴えは、アメリカへの盲従以外の選択肢を探ろうともしない日本政府はすでに手遅れで、沖縄県ならまだ独自路線を歩める可能性があるということだ。 (2023/04)
<2023.4.12>
中央-呉江浩駐日大使、左-楊宇公使、右-施泳公使(駐日中国大使館HPより)