いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第70回:潮待ち茶屋
東京都限定になるが、築地市場の豊洲移転の問題を取り上げてみたい。
2018年7月31日、小池百合子東京都知事は10月に築地市場から移転予定の豊洲市場について、「安全であり、安心して利用いただけることを(都民らに)お伝えしたい」と表明した。都は近く、農林水産省に市場の認可申請を行うことになる。これに対して、都水産物卸売業者協会の伊藤裕康会長は「安全宣言を評価したい」と歓迎、移転に反対する築地女将さん会の山口タイ会長は「雨が降って地下水位が上がれば、土壌中の汚染物質が上昇する恐れがある」と疑問視した(『東京新聞』2018年8月1日付)。
こうして9月13日に開場記念式典を行い、10月11日に豊洲市場は開場となる。これで1935(昭和10)年以来のおよそ80年の歴史をもつ築地市場は解体されることなるのだが、信じられないことに、もう2カ月もないのだ。
ぼくの得ている情報では、汚染物質の問題以外にも豊洲市場の建物の構造と機能にはあまりにも問題が多すぎて開場できるような状況ではないのだが、テレビや新聞で報道されることはない。『東京新聞』でさえ及び腰のところをみると、都のご機嫌を損ねては都合が悪いのだろう。こんな事情から、以下はツイッターやネットから得た情報をまとめてみるが、かなり真実に近いと思っている。
今回の安全宣言は、豊洲市場の建物下に盛り土がなかった問題で、追加対策工事の安全性を検証する都の専門家会議が30日、「安全性が確保された」とした発表を踏まえてのものだが、この「安全性」も、環境基準の100倍超のベンゼンが検出される地下水を今後も確実に管理することが前提になる。そうした管理費用を考慮すると、年間140億円の赤字になるという。
安全宣言後の都の動きはじつに素早く、翌日の8月1日、午前中にはさっさと農水省に認可申請を行っている。この早さに驚いた反対派も、同日午後1時30分には農水省に乗り込んだ。築地女将さん会と築地営業権組合は「厳重に審査せよ!」と釘を刺したのである。
実際はそんなに乱暴ではなかった。なぜなら、農水省側では卸売市場室長が出席して真面目に対応してくれたのだ。素人のぼくではわかるはずもないが、日常的にこの種の取材をしている日刊食料新聞の木村岳記者によれば、とてもすごいことだという。これまで公開質問状が何回も無視されるなど、都からまともに相手にしてもらったことがない反対派は驚いた。卸売市場室長に対して、認可には慎重になるようにきちんとした検証を申し入れたのだが、決定は1カ月後になる。
安全宣言が出されてからというもの、ツイッターには地下のコンクリートの床面がひび割れて地下水がしみ出している写真が掲載されたほか、内部の湿気がひどくカビが大発生しているという情報もあった。さらに8月5日に行われた習熟訓練では、5街区のマンホールからゲリラ豪雨時のように地下水が噴き出していたが、都側は警備員を配置し写真をいっさい撮らせなかったという情報もあった。
こんな情報にまじって「潮待ち茶屋」という風情のある呼び名が流れてきた。築地には「潮待茶屋企業組合」というものがあるらしい。呼び名が示すとおり、江戸の名残のようなものが現代までつづいているらしいが、ちっとも艶っぽくない茶屋のようだ。
築地に買い出しに来たひとたち(スーパーや鮮魚店、飲食店)が仲卸から買い付けた荷物(魚などの水産物や青果物)を、1カ所に集めて配達地域別に仕分けし、買い付けた各店舗までトラックで配送してくれる築地場内専用の宅配サービス所のことである。
それも、ただ集荷して配送するだけではない。集めた魚などの衛生状態を検査確認し、魚に合わせて手当てをして管理発送してくれるという。これによって買い出しのひとたちは、買った魚を手でもつこともなく手ぶらで買い付けに専念できるという。
普段は「茶屋」とか「茶屋番」と呼ばれていて、倉庫のようなところに数百もの業者が集まって「潮待茶屋企業組合」を構成している。買い出しのひとたちが魚を買うと、「茶屋はどこ?」と仲卸から契約している茶屋を訊ねられるのが普通の風景だ。
徳川家康の江戸入りの際にともにやって来た佃孫右衛門(森孫右衛門)によってつくられた仕組みで、以来400年、魚河岸よりも古い歴史をもつという。のちに日本橋に魚河岸が整備されたころは運河での舟運が中心で、海に近かったため潮の干満が激しく、潮が満ちたときでないと舟に荷積みや荷下ろしができなかった。そこで仲間同士お茶を飲み、情報交換をしながら潮が満ちてくるのを待ったことからこの呼び名がついたという説がある。
こうした「茶屋」は築地でも最重要施設といわれているのだが、豊洲には設けてなかった。あわてた都は、駐車場を使って対処するといっているようだが、荷主や従業員の駐車場さえ足りてないというのに、そういうレベルで済む話ではないという。
この一事からも明らかなように、市場の機能をまったく理解していない都の担当者や建築士が、そこで働くひとびとの意見をまったく聞くこともなしにひっそりとつくってしまった、とんでもない施設が豊洲市場なのである。
先に「築地女将さん会」「築地市場営業権組合」という団体名を出したが、どちらも豊洲への移転には反対の立場である。昨年発足した築地女将さん会は、築地を守るといった小池都知事を応援していたのだが、1年たったら都知事は築地を見捨ててしまった。
築地市場営業権組合は、築地市場の仲卸業者が、同市場での営業権をもつ業者としての交渉権・発言権を行使するために今年6月に結成した組合で、8月現在の組合員150名という。
熊本一規[かずき]明治学院大学名誉教授によると、都が移転の根拠としているのは仲卸業者が加入している東京魚市場卸協同組合(東卸)の組合長や総代会が移転を承認したことだが、移転を決定する権限は東卸ではなく営業権をもつ各業者にあり、先の決定は無効だとしている。営業権組合では小池都知事に対し、営業権は各業者にあることの確認とともに、営業権をもたない東卸の意思決定がなぜ移転の法的根拠になるのかを問う公開質問状を提出しているが、都知事はすべて無視している。
都側では、「仲卸に営業権は存在しない」とか「組合に入ったら市場内の電気・ガスが止められる」と言いふらすなど、姑息な動きをみせているようだ。農水省側は8月1日の営業権組合との話し合いで、仲卸に営業権が存在することを認めたものの、効力などについてはコメントを避けている。
このまま都が移転を強行した場合、納得のいかない仲卸業者は閉鎖となる築地市場に残ることになってしまうため、営業権組合は「営業権」を主張することによって、築地市場での営業継続の可能性もあることも訴えている。
ここにきて、『日刊ゲンダイ』Web版(同年8月15日付)が「開場認可白紙 小池都知事が来月迎える敗戦の日」という臆測記事を掲載した。農水省は豊洲市場の問題点を相当把握していて、開場後の大混乱の責任を負わされたくないため、認可に難色を示しているという。そんな豊洲市場の情報は安倍首相にも入っていて、6年前の総裁選で石破元幹事長支持に回った小池都知事を許せないらしい。そこで自民党総裁選も迫り、開場予定日が近付くにつれて業者から批判的な世論が高まったところで、安倍首相の鶴の一声で農水省に認可延期を命じ、小池都知事は進退問題へと追い込まれるという筋書きである。
さらにもうひとつ『週刊現代』(同年9月1日号/8月17日発売)は、「豊洲市場の杭打ち偽装を施工業者が決意の告発」と報じた。112本の基礎杭のうち、48本が支持地盤に達していないという。これが事実なら、3年前の横浜の傾斜マンションと同様のことが起こりかねない。最悪の場合は立て替えとなるのだろうが、今後の動きを見守ることにしよう。小池都知事は立ち回り方によっては責任を逃れ、首がつながる可能性もあるのだが。 (2018/08)
<2018.8.18>
豊洲市場の開場を予告する、東京都中央卸売市場のホームページ(2018年8月16日)
一段と警備が厳しくなった豊洲市場(2018年8月18日)/写真提供・筆者