いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第139回:ある誤認逮捕
自民党の政治資金パーティーをめぐる裏金問題は、2022年11月の『しんぶん赤旗』の報道や神戸学院大学の上脇博之教授の告発により大きな問題となったが、自民党には今後も継続したいという思惑があるため、いつまでも収拾がつかない状態だ。
政治資金収支報告書不記載の総額5億8,000万円というが、言葉を変えればすべて還流分であって、試算された追徴税額は1億3,000万円になるという。
民間であれば業務上横領や脱税が疑われるケースだが、逮捕された政治家は池田佳隆議員のみ。あとは2議員のほか、議員秘書、派閥の会計責任者らが在宅起訴や略式起訴で済まされた。まさに憤懣やるかたない思いで、こんな民主主義国があるものかと情けなくなった。
なんともやるせない想いで日々を送っていたところ、とんでもない報道が流れた。
74歳の女性が300円のいなり寿司の万引きで逮捕され、82時間拘束されたのち誤認逮捕と判明し釈放されたという。
テレビのニュースで見たのだが、数千万円を誤魔化してもお咎めなしの政治家と300円のいなり寿司で逮捕される庶民がいる。無性に腹が立ったことを覚えている。ここはれいわ新選組の山本太郎氏の言葉をお借りしておきたい。裏金問題に関わった議員たちは「自ら辞職することも自首することもなく、ネコババした金を還付金と欺き、知らぬ存ぜぬで逃げ切ろうと」しているのだ。
テレビ局ではさほど大きな事件ではないとの判断からか、突っ込んだ報道はなかった。『東京新聞』でも記事を読んだ記憶がない。。Web上の「ABCニュース」(2024年4月17日付)が詳しく報じていたので、それを参考に事件のおさらいをしておきたい。
4月13日午前、滋賀県近江八幡市にあるスーパーマーケットの店舗関係者から「万引きした女性が店内にいる」と、警察に通報があった。
市内に暮らす74歳の女性が、食品売り場で商品を手にとっている様子が防犯カメラに映っていたほか、バッグにいなり寿司(約300円)が入っていて、レジで支払いをしていなかったことから、警察は窃盗の疑いで現行犯逮捕した。女性は警察の取り調べに対し、「やっていません」「知人に買ってもらった」と、容疑を一貫して否認していたという。
その後の捜査で、女性にいなり寿司を渡した知人の男性がいたこと、店の在庫と販売数の照合で矛盾がなかったことから、警察は逮捕から3日後の16日夜、釈放のうえ謝罪した。拘束時間は82時間におよんだという。次は釈放後の女性の言葉である。
「こんなにひどいことはないです。警察は謝ってくれましたが、私は心に深く傷を負いました」
自分もこの女性の年齢に近くなり、店内での些細な動作が怪しまれて誤認逮捕につながることもありそうだと思うと、決して他人事ではないという想いに駆られてしまった。それにしても警察は、いったいどんな謝罪をしたのであろうか。
初めて知ったのだが、話題になった様々な事例について弁護士の立場から解説してくれる「弁護士JPニュース」というWebサイトがあった。今回の誤認逮捕についても、あまりにもひどいと思ったのであろうか、弁護士JP編集部が荒川香遥[こうよう]弁護士へ取材のうえ、4月25日付の記事にしていた。
荒川弁護士の見解を読んで驚くのは、この逮捕自体が違法逮捕だということだ。
逮捕は身体の自由を奪うという重大な人権侵害となるので、令状なしでは認められない。ただ「現行犯」と「準現行犯」は例外とされている。現に犯罪を行っている、あるいは犯したことが明らかということで、令状なしに逮捕が可能になる。
今回の場合、報道では現行犯となっているが、現場を押さえたわけではないので準現行犯と考えられる。準現行犯は現行犯に準じるほどの状況でなければならず、「罪が行い終わってから間がないと明らかに認められる」ことが要求される。バッグにいなり寿司が入っていた程度では不十分で、手続きを誤った誤認逮捕の可能性が高いという。せいぜい「緊急逮捕」なら認められるが、あとで令状が必要になる。
法務省の「被害者補償規定」があり、無実の罪で身柄拘束されたひとに対して、1日あたり1,000円から1万2,500円の補償が定められている。今回は4日分の満額5万円が支払われる可能性が高いが、これはあくまでも補償である。
また、いくら否認しても相手にされず、拘束も4日間におよんでいる。その精神的苦痛はどうなるのか。
「公権力の行使にあたる公務員が、その職務を行うについて、故意または過失によって違法に他人に損害を加えたとき」は、国に対して損害賠償請求ができると定められている(国家賠償法1条1項)。しかし、立証責任は原告が負うことになっていて、心理的負担も大きい。
それでも荒川弁護士は、国家賠償請求はすべきという判断だ。担当の警察官がはっきりしているうえ過失が認められ、違法行為(誤認逮捕)も行っている。さらに今回は、警察側が証拠の開示を拒否したり隠蔽することも考えにくいという。
ネックとなるのは、訴訟に時間がかかることと、精神的損害をどう評価してもらえるかの2点だが、精神的損害に関しては30〜100万円程度は認められるだろうとの見解だ。
また通常、はじめに弁護士に着手金を払うが、本件の事情を勘案すると、着手金なしか、少額で受けてくれるところもあるという。ほかに無料法律相談や弁護士費用の建て替えを行っている法テラスに依頼する方法もある。
ここで問題になるのが人質司法である。荒川弁護士は、そもそも300円のいなり寿司の窃取容疑で、4日間も勾留すること自体がおかしいと指摘する。
今回の女性は一貫して否認し続けたことで勾留が続いたが、やっていなくとも罪を認めればすぐに自由の身になれた可能性が高かったという問題がある。このため、気の弱いひとはやっていなくとも自白してまい、冤罪となってしまうケースもある。身柄拘束を過度に重視する日本の刑事司法制度の大きな問題点で、荒川弁護士は強く訴えている。
「身に覚えのない罪を自白してしまうことだけは、絶対にしてはなりません」
もし、無実の罪で逮捕されてしまった場合は、警察官に「当番弁護士を呼んでください」と伝えること。
逮捕されたひとが1回、無料で弁護士を呼んで相談できる制度で、状況をきちんと伝えれば、その後のことについて的確なアドバイスをしてもらえるはずだという。
弁護士JP編集部の言葉を拝借するが、このようなケースは、まさに「明日は我が身」と痛感する。気をつけよう。
ここでおしまいにしようとしたところ、とんでもないニュースがあった。『中国新聞』(同年5月10日付)の大スクープである。
2000年以降に自民党政権で官房長官を務めた人物が、内閣官房機密費から国政選挙の候補者に陣中見舞いの現金を渡したことを証言した。選挙への使用は目的外使用の可能性があり、元官房長官は不適切な支出だったことを認めているという。
この元官房長官は山口県選出の河村建夫氏であろう。これまでも官房機密費の使途について積極的に発言してきている。それはともかく、これは横領にあたる可能性もありそうだ。裏金問題といい、もはや自民党は犯罪者集団である。潰すしかないところまできている。 (2024/05)
<2024.5.14>
いなり寿司(「Wikipedexia」より)