いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第87回:馬毛島買収をめぐって
米軍によるイランのソレイマニ司令官殺害という、騒がしい年明けとなった。アメリカのトランプ大統領は自らの指示と胸を張っていたが、日を追うにつれ、殺害の根拠とされた「差し迫った脅威」は曖昧なものだったことが明らかになってきた。それでも謝罪どころか、反省の姿勢もみせることがない。かつてのイラク戦争そのままではないか。
イランは、イラクの米軍基地へと反撃に出たものの、人命には影響がないように最大限の配慮をしたうえでの攻撃で、「お見事!」と思わせたが、ウクライナ航空機撃墜という大きな誤射を犯してしまった。イランに次ぐ多くの犠牲者をだしたカナダのトルドー首相は、イランに責任を果たすように求めると同時に、アメリカの行動に一因があったことを非難することも忘れなかった。よくぞ言ってくれた。ついでにイラン核合意当時国のイギリス・ドイツ・フランスの各首脳は、離脱したアメリカに復帰を迫るべきではないだろうか。
アメリカとイランの緊張激化の報道に埋もれるように、『東京新聞』(2020年1月12日付)には、「アジアに新部隊配備」という気になる記事があった。
1月10日、アメリカのマッカーシー陸軍長官が、サイバー分野や極超音速ミサイルの運用などの領域で作戦を実施する新たな部隊を、インド太平洋地域の2カ所に配備する方針を示したという。アメリカのメディアは、その配備先候補として「南西諸島が位置する『台湾以東の島々』とフィリピン」を挙げている。軍事力を増大させている中国やロシアに対抗する狙いがあり、来年にはひとつめ、再来年にはふたつめの部隊を配備するという。
「台湾以東の島々」とは、またなんとも厄介なことを言いはじめたものだ。これは南西諸島、いや日本列島全体を指しているのであろうか。南西諸島には、まさに日本政府が新たな自衛隊の基地を建設中である。アメリカ側の念頭には、自衛隊の基地利用があっても不思議ではない。
『沖縄タイムス』『琉球新報』も探ってみたが共同通信の配信記事のみで、『東京新聞』とまったく同じ内容、関連記事もない。ただ昨年10月には、新型中距離弾道ミサイルを、今後2年以内に沖縄から北海道を含む日本本土に大量配備する計画が報じられていた。このふたつの記事はまったく関連がないようだが、アメリカは日本列島を、東アジアの軍事拠点としていることは明らかだ。
ところで、鹿児島県種子島の西12キロにある馬毛島の買収が昨年末に決着した。この問題については基本的に『東京新聞』を参考にするが、『毎日新聞』(2020年1月5日付)の特集記事が、アメリカ側の反応を含めて詳細に報じているので、双方を参考にまとめてみる。
馬毛島は鹿児島県西之表市に属する面積8.2平方キロメールの平坦な無人島で、その99.6%は民間企業の所有、残りは西之表市の公有地となっている。河川はなく、電気、ガス、水道も通っていない。
米軍の空母艦載機の陸上空母離着陸訓練(FCLP)は、かつて空母艦載機の拠点だった厚木基地(神奈川県)で行われていた。FCLPとは、陸上の滑走路を空母甲板に見立てて離着陸する訓練で、数機編隊が数分間隔で離着陸を繰り返すため、周辺に騒音被害をおよぼすことになる。その騒音被害軽減のための暫定措置として、1991年から拠点は厚木基地のまま、硫黄島(東京都)で行われるようになっていた。
そこでFCLPの「恒久的な施設」として浮上してきたのが馬毛島で、2011年には日米共同文書にも明記された。しかし買収交渉は難航し、北九州空港案や馬毛島の収用も検討された。
日米安全保障条約に基づいて、米軍に提供する土地は所有者との合意のうえで、借り上げたり買収することになるが、合意が得られない場合は駐留軍用地特措法を適用し、強制的に収用もある。ただ、この適用はあつれきを生むため、収用に関しては過去にわずか4件しか例がない。最終的に、菅義偉[よしひで]官房長官の「政権が吹っ飛ぶくらい難しい」との判断から、収用は断念した。
硫黄島での暫定的な訓練は、艦載機の飛行中にトラブルが発生しても待避する場所がないことから、米軍の内部規則に違反する訓練だった。在日米軍幹部は防衛省に対して「硫黄島での訓練はあくまで例外措置として認めているにすぎない」と、馬毛島の施設整備を迫っていた。
2017年、トランプ大統領誕生にともなって加速する。政府は地権者である民間企業に45億円という査定額を提示した。さらに同年8月には、在日米軍再編にともない厚木基地から岩国基地(山口県)へと、FCLPの拠点の移駐が始まった。訓練地の硫黄島から1,400キロも離れてしまうことから、米軍は厚木基地での5年ぶりの訓練再開を通告すると同時に、当時のマティス国防長官やハガティ駐日大使まで、口を揃えて岩国から近い馬毛島買収を迫ってきた。
防衛省側は硫黄島での訓練を懇願したが厚木での訓練が強行され、980件の苦情が殺到した。政府関係者が明かした。「菅氏らがわかったのは、馬毛島を何とかしなければ、アメリカ側は収まらないということだ」
先に政府が提示した45億円は、2019年1月には160億円までに膨れ上がっていた。しかし同年11月29日には、160億円で地権者と合意、売買契約書を交わした。驚いたことに、当初の査定額の4倍である。この大幅な増額について、官房長官も防衛大臣も「売買額は適正だ」と言うばかりで、根拠を示すこともできず、政府内部からも疑問視する声が上がっていたという。
『東京新聞』(2018年1月22日付)掲載のふたつのコメントを紹介しておく。まず軍事ジャーナリストの前田哲男氏—「防衛省の過去の民有地買い取り額に照らしても、考えられない値段だ。合理性は一切ない。対中国をにらんだ時、将来の日米共同使用も視野に、手つかずの島を丸ごと訓練地にすることがどうしても必要だったということ」
そして不動産鑑定士—「類似の取引がないため、適正な価格を導くのは難しいが、土地売買は買いたい側が弱い。そこに国防の事情が加わると、価格はつり上がる」
苛立つアメリカ側から迫られ、民間企業の言い値のままの決着と思っていたら、企業側の負債もあって、一時400億円の要求もあったという。ともあれ馬毛島は、2022年度にも飛行場など関連施設の工事に取り掛かるというが、地元では騒音や事故への強い懸念があがっている。
兵器の輸入拡大の問題もある。アメリカからの兵器購入額は、2010年度から2017年度までの7年間で8倍に脹れ上がり、2017年度は38億4,000万ドル(4,224億円)となっている。この兵器調達を主導しているのは官邸や国家安全保障局だが、政府部内で得た証言からは「トランプに何らかの手土産を持たせないと、何を言ってくるか分からない」「自動車関税を上げさせないのは安倍政権の至上命令となった。兵器購入を含め米国にアピールするのはマスト(必須)だ」という実態が浮かび上がってくる(『東京新聞』2020年1月14日付)。要するに、アメリカに買わされているのである。購入が決定済みの地上イージスも同様、我が国が求めてのものではなく、押し付けられているのだ。
馬毛島での米軍の訓練は我が国の防衛というよりもアメリカの世界戦略の一環だし、兵器の大量輸入も国防とは別の側面のほうが大きいだろう。緊張状態の中東への自衛隊派遣もアメリカからの圧力という。
こんな折の1月19日、日米安全保障条約の書名から60年を迎えた記念式典が、日本政府主催で行われた。日本側からは安倍晋三首相、麻生太郎副総理、茂木敏充外相大臣、河野太郎防衛相など勢揃いだが、アメリカ政府側ときたらヤング駐日臨時代理大使のみで、副大統領さえ来なかった。まさに植民地扱いである。
アメリカ追従の安倍政権の支持率は50%に迫り、不支持を上回っている。吸い上げられた税金はアメリカにどんどん流れていくことになるが、今後も、このように付き合っていくつもりだろうか。
自衛隊の河野克俊前統合幕僚長は次のように語っている。「米国は地域の課題は地域で対処すべきだとの考えに変化している。日本に対する関心が薄らぐことがないようにするには、日本が米国にとって価値がある国になる必要がある」(『読売新聞』同年1月18日付)。これが、多くの人々の考えではないことを祈るのみである。(2020/01)
<2020.1.19>
馬毛島(Wikipedia より)
在日米軍司令部HP