いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第120回:台湾有事をめぐって
10月4日、ロシアのプーチン大統領は、ウクライナの東部から南部にかけての4州の一方的な併合条約に署名した。発表とほとんど同時に併合地域からのウクライナ側による奪還が相次いだが、8日にはクリミア大橋が爆破された。ロシアによるクリミア併合の象徴ともいえるクリミア大橋である。誰の仕業か明らかではないが、怒ったプーチン大統領は10日、報復措置としてウクライナ全土に対してミサイルによる一斉攻撃を開始し、首都キーウも攻撃を開始。首都キーウまでも攻撃対象になるのは6月下旬以来となる。
国連総会は12日、ロシアによる4州併合について違法で無効とする非難決議を143カ国の賛成票で採択したが、反対・棄権票も40カ国ある。
世界はすでに戦時下にある、ロシアは早晩崩壊する、核戦争のイメージを持てとは、辺見庸氏の警告だ(2022年10月10、11日付、同氏ツイッター)。
焦点を東アジアへ移してみると、「台湾有事」「台湾問題」の報道が目につく。まるでいまにも中国が台湾へ軍事侵攻するかのような話が飛び交っている。筑波大学名誉教授遠藤誉氏が9月30日付をはじめに、「Yahooニュース」上に連日のように投稿しているが、それらの論考を参考に紹介してみたい。
国連の発足は1954年10月。原加盟国51カ国、安保理常任理事国はアメリカ、フランス、イギリス、中華民国(通称台湾)、ソ連(現ロシア)で、第二次世界大戦に勝利した連合国である。
その後1971年10月、中華民国がもっていた代表権が中華人民共和国へ、1991年12月のソ連崩壊にともなって代表権はロシアへと引き継がれた。ロシアの場合はともかくとして、連合国のはずだった中華民国は国連から脱退させられ、多くの国々と国交を断った。そして中華民国を打倒して誕生した中華人民共和国が安保理常任理事国に収まったのである。
遠藤氏はここに台湾問題の原点があるという。この動きを先導したアメリカ、それに追従した日本は猛省すべき、「台湾問題」はアメリカと日本によってつくり出されたという指摘だ。
今年8月に中国政府が発表した「台湾白書」には、台湾との「平和統一」を目指すことが強調されているという。「平和統一」とは文字どおりの平和的な統一のことで、武力を用いない話し合いによる統一を指している。中国の念頭には武力侵攻ではなく、「平和統一」しかない。
武力侵攻は中国にとって何もメリットがないのだ。もし中国が武力侵攻によって台湾を統一したとしよう。台湾のひとびとは「反共産主義、反中国」の姿勢を明確にして中国への抵抗が激化、一党支配体制を脅かすことになるだけなのである。
習近平政権は着々と世界各国との貿易を強化してきて、いまでは中国を最大貿易相手国とする国が、世界190カ国中128カ国におよぶという。
台湾にとっても最大の輸出国は中国である。1978年における両国の貿易総額は4,600万米ドルに対して、2021年には3283.4億米ドルまで増えていて、7,000倍を超えている。いまや、台湾にとって中国はなくてはならない存在である。中国の「平和統一」の手段は、まさに「経済でからめとっていく」やり方であり、この「平和統一」によって中国はさらなる発展へと向かうことになるはずである。
そのような動きを、アメリカは傍観しているわけにはいかない。中国が経済的にも軍事的にもアメリカを乗り越えることは許すことはできない。
アメリカは「台湾政策法案2022」の制定によって、台湾をほぼ独立国に近い形で認める方向で動いている。大きな後ろ盾を得た台湾の蔡英文総統はしきりに独立を叫ぶ。アメリカからはペロシ下院議長がやって来て、台湾の民主主義を守るとの声明を出す。習近平政権は「独立を叫ぶなら武力攻撃だ!」と、これまでにない大規模な軍事演習を行ってみせたが、やはり軍事侵攻はできなかった。
アメリカは、中国の台湾への武力侵攻を望んでいる。そうすれば厳しい対中制裁を科して中国経済の発展を阻止できる。アメリカはいま、ロシアに行ってきたように中国も追い詰めようとしているのだ。そのためにもアメリカは必死に台湾有事を煽り、日本も付き合わされて一緒に煽る。それが最近の報道である。
遠藤氏は、習近平政権による台湾への武力侵攻はないとみている。攻め込むことを匂わせて威嚇しながら独立宣言を抑えて経済的に抱え込み、がんじがらめにしていくことぐらいだろうとみる。
アメリカもまたそれを見越して、習近平政権をギリギリまで追い込んでいるにすぎない。アメリカは製造業に関しては中国に依存している部分もあり、中国と完全に敵対することはできない。「米中のゲームのせめぎ合いになろう」と記している。
ここは遠藤氏の予想どおり、台湾有事が現実とならないことを祈るばかりである。
アメリカの干渉を排除しつつ、習近平政権の望みどおり「平和統一」が実現したとしたらどうなるのか。遠藤氏は「『平和統一』の『平和』という言葉にだまされるな」と注意を促す。
たとえば香港の場合、「一国二制度」の約束のもと平和的に中華人民共和国特別行政区となったが、2019年に起きた大規模な民主化運動は中国政府の手によって完全に弾圧され、いまは人口流出が相次いでいる。それが現在の状況である。
台湾も香港同様に、「一国両制度」のもとにいまの体制の中国に統一されることになる。やがて中国経済はアメリカを凌駕し、「言論弾圧をするあの中国が、世界制覇に成功する」ことになる。それは中国の力が強大化し、「ある意味『危険』と位置付けなくてはならない」と遠藤氏は記す。
台湾の望みも中国との統一である。だがそれは民主化された中国である。台湾は中国の民主化をひたすら待ち望んできた。遠藤氏は中国が民主化する唯一のチャンスが天安門事件後の対中経済制裁だったという。
1989年6月の天安門事件直後、欧米諸国や日本は中国への経済制裁を行ったが、1990年11月、日本政府は欧米諸国に先駆けて制裁を解除し、関係改善に動いた。そこには経済発展とともに中国の民主化は進むはずだという判断があり、そんな日本に従って欧米や世界中も投資に傾いていったのだが、結果的には民主化が進まないままの繁栄する中国にしてしまった。やはり経済協力は言論弾圧の改善や民主化を条件に行うべきで、日本はその唯一のチャンスを潰してしまったのだという。
中国に対する日本政府の姿勢はいまも変わらない。アメリカに追従しているようにみえながら、習近平政権の戦略とも知らずに、中国経済を盛り上げる方向にしか動いていないと憂う。はたして、中国民主化のチャンスはいつかやって来るのであろうか。
(2022/10)
<2022.10.14>
習近平国家主席(中華人民共和国外交部HPより)
蔡英文総統(右)とペロシ下院議長(中華民国総統府HPより)