いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第141回:隠された米兵性的暴行事件
この6月末、沖縄の米兵による日本人女性への2件の性的暴行事件が、相次いで明らかにされた。こう書くからには、意図的に隠されていたものが、次々に明らかにされたということである。
それぞれ6月25日の琉球朝日放送、28日の『琉球新報』の報道によって明らかになったもので、前者は昨年12月、後者は今年5月の事件である。沖縄県警が米軍の協力を得ながら捜査、那覇地検によってそれぞれ3月、6月に起訴され、外務省も直後にエマニュエル駐日米国大使に抗議している。
通常であれば、警察が対応した当日か翌日には沖縄防衛局から沖縄県に連絡があるというが、防衛省関係者によれば両事件とも沖縄防衛局には連絡はなかった。外務省は、報道を知った沖縄県が確認を求めてくるまで、連絡することはなかった。
7月に入ると、同様の事案がさらに3件あったことが判明し、報道発表のなかった性的暴行事件は5件となったが、新たに判明した3件は起訴されていない。米軍司令官が事件を把握した場合、沖縄防衛局に連絡する通報手続きが1997年に定められていたが、まったく機能しなかったことになる。
米兵による性犯罪は、けっしてあってはならないことである。1995年に起きた事件では日米地位協定により米兵の身柄が拘束されなかったため、反基地感情、反米感情が一気に爆発し、8万5,000人の県民による米軍基地撤廃を求める最大規模の抗議集会に発展したこともあった。
今回の場合、米軍から防衛省への通報手続きがなかったことも問題だが、政府内で事件が隠蔽されていたことは別の国内問題である。情報は外務省と沖縄県警で止められていたのだ。防衛省や沖縄県には伝えられず、報道発表もなく国民にも知らされることはなかった。
報道されなければわれわれは知ることはできない。なかったことと同じである。そこに思いが至ると愕然とする。政府はなかったことにしておきたかったのだ。
沖縄県知事は、他都道府県の知事とは立つ位置がまったく異なるとは思っていたが、こういう事案が明らかになると、心から同情したくなる。報道を知った玉城デニー知事の心境を察するにつらいものがある。
外務省で県への情報提供を求める抗議文を手渡した玉城知事に対し、上川陽子外務大臣は「(米側に)綱紀の粛正と再発防止を申し入れた。被害者のことを思うと心が痛む」と述べたという(『東京新聞』2024年7月4日付)が、このポイントをずらした対応に玉城知事の悔しさが倍増したのではあるまいか。
林芳正官房長官は「政府はこれまで、被害者やプライバシーへの影響を考慮して事件を公表しなかった捜査当局の判断を踏まえ、県に情報を提供しなかった」と説明しているが、政府のどこかから指示が出ていると受け止めるほうが自然だろう。
昨年1月、東京の横田基地で発生したPFASを含む汚染物質の漏出事故では、米軍側から情報を外部に出さないように求められ、日本政府はそれに従っていたという。このときは昨年11月、米軍の内部文書を入手した東京新聞によって報じられ、地元自治体が防衛省に問い合わせている。日本政府には米軍から得た情報を地元自治体に伝える義務はないという(『東京新聞』同年7月10日付)。
こういう記事を読むと、沖縄の性的暴行事件も同様と思えてくるのは当然である。一方、外務省の内情をよく知る佐藤優氏は、外務官僚の視野には沖縄のことなど入っておらず、ただの凡ミスにすぎないが、それは政治的画策よりもタチが悪いと述べているようだ(「天木直人氏メルマガ」同年7月10日付)。
前回の小欄で紹介したが、5月17日、エマニュエル駐日米国大使が与那国島や石垣島を米軍用機で相次いで訪問し、6月16日には沖縄県議会議員選挙があり、辺野古容認派と反対派が同数となった。さらに同23日に行われた沖縄慰霊の日の式典には岸田文雄首相や上川外務大臣も参列している。
駐日米国大使の先島諸島訪問は前例のない出来事である。もし通常どおりに報道されていれば、エマニュエル大使訪問という計画は持ち上がらなかっただろうし、沖縄慰霊の日の式典も紛糾したのではなかったか。
さらに今回の事件が明らかになったのは、沖縄県議会議員選挙の9日後だった。そのことについて、沖縄国際大の前泊博盛教授(日米安保論)は次のように指摘している(『東京新聞』同年6月27日付)。
「事件が選挙前に明らかになっていたら、大きなハレーションが起きたのは間違いない。(中略)日本政府は国民の人権、生命財産よりも、政局を優先して隠蔽したのか、と勘繰りたくなるタイミングで明らかになった」
まさに、これが政治的画策である。さらに前泊氏は嘆く。
「日米安保と米軍基地がある限り、米兵の犯罪行為はなくならない。これは宿痾[しゅくあ]だ。今の政権では米国にものは言えない。再発防止もおぼつかないだろう」
今回の事件について政府は、国内の通報体制は強化するが、アメリカ側からの通報手続きが無視されたことについて抗議はせず、手続きの見直しもしないという。アメリカ側との厄介な交渉はしたくないという姿勢のようだ。これでは何も変わらない。こんな政府を許しておいてよいのか。この7月、フランスではパワフルにダイナミックに政治が動いたが、いつか我が国でもと期待したいところだ。
なお昨年12月の事件の初公判では、被告が無罪を主張し争う姿勢という。被害者が16歳未満であることを思うと、厄介な裁判になりそうだ。 (2024年7月)
<2024.7.16>
道の駅かでな展望台から望む嘉手納飛行場(「Wikipedia」より)