いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第114回:揺れ動く世界
「プーチンも狂ってるかもしれないが、ゼレンスキーはもっと狂っている」
山口県下関市で刊行されている『長周新聞』web版(2022年3月17日付)掲載の、東京外国語大学教授の伊勢崎賢治氏への長文インタビューでの同氏の発言である。
前回、ウクライナのゼレンスキー大統領が総動員令に署名し、戦闘に加わることを国民に呼びかけたことに疑問を呈しておいた。伊勢崎氏の発言は、まさにそのことについてのものである。同氏は元国連職員として世界各地の紛争地域での紛争処理や武装解除にあたってきた専門家である。とはいえ、これまでの氏の発言には微妙なズレを覚えることが何度かあったが、今回はそうではなかった。
伊勢崎氏によれば、第二次世界大戦後につくられたジュネーブ諸条約によって、戦闘員と非戦闘員(民間人)を区別し、非戦闘員は保護しなければならないことになっているという。確かにジュネーブ諸条約の「第4条約」は戦時における文民の保護に関するものである。
「国家が扇動して『市民よ銃をとれ』というのは、現代ではやってはいけないことだ。敵から見れば『国家が戦闘員といっているのだから誰でも容赦なく撃てる』」とも述べ、そんな大統領を「ヒーローといっている」とまで付け加えている。まさに前回の指摘どおりである。
それだけではなかった。伊勢崎氏は、ゼレンスキー政権が市民に無差別に武器を配っていることも指摘している。それをヨーロッパでは、第二次世界大戦中の「パルチザン」のイメージに重ねて報じられていて、戦前回帰の大熱狂、まさに日本と同じだと呆れ、次のように指摘している。
「なぜ先の大戦で国家のために一般市民があれほど犠牲になった日本国民がそれを応援するのか? 『市民は死ぬな』という応援ならいいが、『市民よ、銃を取れ』という国家をなぜ応援するのか?」
前回取り上げたフィンランドのような緩衝国家についても述べている。
フィンランドはEUの加盟国だが、NATO加盟国ではない。ロシアと友好条約を結んでいるロシア寄りの中立国であり、NATO側の軍事基地をおいてこなかった。これは「東西いずれかの陣営を攻撃するような他国軍の基地をつくらないという」国家の意志だという。
まさにロシアと1,300キロという長い国境線を共有しているからこその選択だったが、今回のロシアのウクライナ侵攻が、相互防衛協力関係にあるスウェーデンとともに世論の流れを変えてしまい、両国ともNATO加盟に前向きになりつつあるようだ。2月26日、ロシア外務省はすでに「NATO加盟が軍事・政治的悪影響をおよぼすだろう」と、両国に対して警告を発しているが、どう動くのであろうか。
日本の目の前には大国中国があり、もう一方の大国アメリカは1万キロ離れた海の彼方だが、やはり日本は緩衝国家である。しかも全土に米軍基地が配備され、南西諸島や沖縄には米軍と一体となったミサイル基地配備が進行中である。先のフィンランドとロシア間のような友好条約には逆行して、積極的に軍事基地整備を進めている。
しかしながらアメリカという国は、「軍事上の必然性(駐留の必然性)があっても、世論がそれを支持しないことを政治が判断したら無責任に退く」。最終的には世論や議会の了解なしには米軍は動かない。
ではどうするのか。伊勢崎氏は、よほどの理由がないかぎり侵略はできないだろうし、緩衝国家はその隣にいる軍事大国と同程度の軍事力をもつ必要もないと言う。一例として、緩衝国家でありながらNATO加盟国であるノルウェーを挙げる。ノルウェーはロシアと接する北部を非軍事地域に指定し、国軍は非軍事地域ではロシアを刺激するような軍事演習をしない。ここでも日本は逆行している。ノルウェーにならうなら、南西諸島、沖縄、北海道は非軍事化しなければならない地域にあたる。
北欧のアイスランドは、北海道と四国を合わせた程度の国土に総人口35万5,000人という小国で、NATO加盟国である。ロシアの弾道ミサイルは、アイスランド上空を越えてアメリカに達する。それを調査・観測するためにも重要な米軍基地があったが、2006年、55年間続いてきたその基地が撤退した。その際にアイスランド政府が出した結論は、ロシアを刺激さえしなければ軍隊も不要というものだった。これは必ずしもロシアの言いなりになるということではなく、人権に関しては一切妥協もしないという。ただ国外に平和維持目的で派遣するためのアイスランド危機対応部隊(またはアイスランド平和維持部隊)という軍事組織はあるという。
これまで伊勢崎氏をどちらかといえば軍備増強論者と思っていたが、誤解だったようだ。同氏によれば、日本の場合、米軍にかわる軍事力として必ずしも自衛隊の増強は必要ないともいう。そこで次のように述べている。
「敵をどのように捉え、その敵とどう付き合うかという国家の“意気込み次第”で、新しい安全保障体制を築くこともできる」
理想的にはそうであろうが、いまの日本ではこれが最も難しいことかもしれない。いつになったらそんな意気込みのリーダーが登場し、新たな外交を展開できるのであろうか。あまりにも政治の劣化が激しく、国民もそれに慣れて当たり前になってしまっている。ほとんど絶望的である。インドのしたたかな「全方位外交」を見ていると羨ましくさえ思える。
前回の原稿を書いてから1カ月以上も過ぎ、ウクライナの事態はさらに悪化してきた。破壊され尽くされた都市や村の光景が連日テレビで流され、ボカシの入った遺体の映像も少なくない。キーウ(キエフ)州のブチャでは大虐殺があったとされているが、第三者組織による検証をアメリカとイギリスが却下し、なにか腑に落ちないままに真実は葬られようとしている。
戦争という状況に陥ってはいけない。ひとたび戦争という特殊な状況になれば、人間はとんでもない暴力をふるう。普段ならまさかと思える残虐な行為に手を染める。ありとあらゆるとんでもないことが起こりうる。戦争は、絶対に回避しなくてはならない。これが今回われわれが得た大きな教訓である。
残念ながら今回は戦争を回避できなかった。ウクライナのリーダーの認識が甘すぎた。ロシアの軍事的脅威を認識していながらもミンスク合意に真剣に向き合わず、NATO加盟にこだわった。ゼレンスキー大統領には、自らの判断で多くの国民を死に追いやったことへの反省の色はなく、いまもヒーロー然としている。
プーチン大統領はどうしたのだろう。ほとんど得るものなどないはずなのに、なぜこんな大きなリスクを冒してまで侵攻を決断したのか。この無謀な行為をいったいいつまで続けるつもりなのか。そして副大統領時代からウクライナとは親密だったバイデン大統領。ロシアのクリミア侵攻のときは副大統領、今回の侵攻時には大統領と、どちらの場合も政権中枢にいる。これはたんなる偶然か。ウクライナに命をかけて戦わせてアメリカ経済は潤う。これは大統領選のためなのか。アメリカは死の商人か。
そして、世界の分断はさらに加速しそうな気配がある。アメリカ側につく国とそれ以外の国に、アメリカによって色分けされそうだ。いったいこの先世界はどう揺れ動くのか、皆目見当がつかない。(2022/04)
<2022.4.12>
ハリキウ(ハリコフ)にて(3月13日)/ウクライナのVistaCreate社運営のフォトライブラリDepositphotos内の著作権フリーサイト「ロシアによるウクライナ戦争の真実」より
ハリキウ(ハリコフ)にて(3月24日)/同上