いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第110回:したたかな外交
12月6日、ロシアのプーチン大統領はインドを訪問し、モディ首相と会談を行い、今後10年間にわたる防衛技術協力協定と1年間の石油契約を結んだ。
ロシアといえば、この10月にロシア軍、中国軍が日本近海で合同演習を行い、合わせて10隻の艦艇が、津軽海峡や鹿児島県の大隅海峡を同時に通過したばかりである。両国は2012年より毎年合同演習を行ってきているが、昨年はコロナウイルス感染拡大にともなって中止されていた。
かたやインドはアメリカ、オーストラリア、日本とともにクアッド(Quad=日米豪印戦略対話)の一員である。「戦略対話」の意味するところは、いうまでもなく「対中戦略対話=対中包囲網」である。この9月にワシントンのホワイトハウスにおいて、4カ国首脳による初の対面会議が行われ、そこへモディ首相も出席している。
インドは、ネルー初代首相の外交理念に起源をもつ非同盟主義の国。いかなる軍事同盟や軍事ブロックにも参加せず、外国軍隊の駐留や軍事基地の設置も認めていない。そのため欧米諸国から兵器を購入できなかったインドに対して軍事面で接近し、兵器を与えてきたのがロシアだった。
インド外務省高官は、今回のモディ・プーチン会談を「インド外交の戦略的自律性を強調する機会」と評しているが、プーチン大統領自身もインドの対米傾斜を牽制しつつの付き合いのようだ(「JIJI.COM」2021年12月7日付)。
こんな話題を提供してくれたのは外交評論家の天木直人氏のメールマガジン(同年12月6日付)だった。天木氏は、このようなインドの外交について「米国の外交・安保政策に欠かせないインドは、同時に、米国の敵であるロシアの軍事戦略に加担する国でもあるのだ」と捉えつつ、「なんというインドのしたたかな外交だ」と驚きを隠さない。
天木氏は韓国の文在寅大統領の外交力にも注目している。
12月2日、アメリカのオースティン国防長官と韓国の徐旭[ソウク]国防相が、ソウルで定例安保協議を行い、核ミサイル開発を進める北朝鮮に対応するために、現状の作戦計画を更新することに合意した。その後、文在寅大統領がオースティン国防長官と面会し、韓国が提案している朝鮮戦争の終結宣言に向けてのアメリカの支持を求めたという。
同日、中国の天津市内のホテルでは、中国外交部門トップの楊潔篪[ヤンチェチー]政治局員と韓国大統領府の徐薫[ソフン]国家安保室長とで、朝鮮戦争集結宣言についての協議が行われ、楊氏が「宣言が朝鮮半島の平和と安定を進めることに寄与するとみている」と支持の姿勢を示し、韓国側は北京オリンピック開催支持を表明している(『朝日新聞DIGITAL』同年12月3日付)。
米中対立の中にあっては韓国を自らの味方につけたいのは、アメリカも中国も同じである。文在寅大統領は、アメリカとの軍事同盟を優先しつつも、同時に米中双方から朝鮮戦争の終結宣言への支持を取り付けようと交渉している。天木氏は、モディ首相に負けず劣らずの「見事なしたたか外交、二枚腰外交」と評している。
11月15日、アメリカのバイデン大統領と中国の習近平国家主席と、3時間にわたるオンライン会談を行い、「両国の競争が意図的かどうかにかかわらず、衝突に発展しないよう図る責任が私たちにはある」と米中の衝突回避を合意したが、アメリカは北京オリンピックの外交ボイコットを表明し、対中敵視政策を取りやめることはない。
12月7日、ウクライナ国境に軍隊を集結させているロシアのプーチン大統領に対してバイデン大統領が持ちかけ、約2時間の会談を行った。バイデン大統領は「ロシアがウクライナに侵攻した場合、アメリカとヨーロッパの同盟国は強力な経済措置で対応」し、また「アメリカはウクライナに防衛装備を追加供与する」と直接伝えたのに対し、プーチン大統領は「ウクライナ周辺で軍事力を強化しているのはNATO(北大西洋条約機構)だ」と反論、基本的には平行線に終わったようだ。
首相官邸のHPの「特集ページ」のなかに「地球儀を俯瞰する外交」と題するページがあり、「外交の安倍」と評された安倍晋三元首相による「地球儀を俯瞰する視点で展開してきた積極的な外交」が紹介されている。それによると安倍氏の首相就任時の訪問国・地域は80(延べ176)におよび、地球を約39.53周したことになる。
しかしながら、これらの外遊のなかに上記のような本気の外交交渉があっただろうか。プーチン大統領相手の北方領土返還交渉にしても、返還後に米軍基地を置かないことを保証できるかと問われ、何も応えられないままである。それでは一歩も進展しないことを理解していながら、アメリカとは交渉しようともしなかった。会った回数を誇るだけの外交ではあまりにも情けないではないか。安倍氏のやっていることは「外交ではなく社交だ」と、誰かがいっていたのを思い出した。
さて、バイデン大統領が北京オリンピックの外交ボイコットを表明したが、同盟国の対応については「各国の判断に任せる」とした。しかしオーストラリア、イギリス、カナダがアメリカへの同調の意志を明らかにした。したたかなインドは当初より北京オリンピック開催支持を表明、フランス、イタリアもアメリカに同調しないとしている。
わが国では、安倍元首相周辺から政府に外交ボイコットを求める声が騒がしいが、安易に惑わされてはならない。アメリカはしきりに中国の人権問題をあげつらうが、アメリカにしてもキューバのグアンタナモ米軍基地収容キャンプなど、アムネスティ・インターナショナルから告発されるような人権に関わる問題も抱えている。どのみち、外交ボイコットをしようがしまいが、米中は決定的に対立することはない。
2022年は日中国交正常化から50年、その関連行事を行うかどうか。中国はオリンピックを含め、岸田文雄首相の対応を見極めようとしている。ここで甘木氏のアドバイスを記すならば、けっして安倍氏のような名指しの中国批判を行わず、あからさまな台湾支援もしない。安倍氏のアドバイスは聞き流し、すべて抽象的な表現でごまかし、曖昧政策を続けることだそうだ。そして7月の参院選を勝ち抜き、9月末の日中国交正常化50周年式典に向けて一気に舵を切ろと、いうのだが。 (2021/12)
<2021.12.11>
特集「地球儀を俯瞰する外交」冒頭ページ(首相官邸HPより)