いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第138回:リニア中央新幹線と川勝騒動
静岡県の川勝平太前知事は4月1日、新人職員への訓示のなかでとんでもないことを言ってしまった。テレビ・新聞はこの話題で大騒ぎだったから、ここで改めてその内容を記すまでもないだろう。
リニア中央新幹線には頑として反対の姿勢を貫き、小欄でも紹介した「南鳥島の核最終処分場」の提案にも関わっていたので応援するところもあったのだが、これで辞職は残念とはいえ、知事の職も少々長すぎた。ここいらで引退でよいと思う。
それにしても発言後の対応は見苦しかった。「部分的に切り取られたものだ」と言ったところで、いまの時代いくらでも検証可能である。早々に「言ってしまったものは謝罪するしかありません」と、頭を下げるべきだった。
不思議に思うのだが、ごく普通の感覚の人であれば、あのような発言はしないだろうと思う。話す内容を考えている段階で自ら気がつくはずだと思う。にもかかわらず、川勝氏は言ってしまった。ここでふと思い浮かぶのが、あの麻生太郎氏である。
この両氏、向いている方向は異なるのだが、どちらもどこか感覚がずれたところがあるようだ。ともに良家の出身のようだが、それ故とも考えにくい。
川勝氏に怒り心頭だったのが大村秀章愛知県知事だ。何しろ同知事はリニア中央新幹線の沿線自治体でつくる建設促進期成同盟会会長という立場であり、この5月末に就任予定の新静岡県知事とともに一日でも早い開通を訴えたいのだ。
小欄「106.リニア中央新幹線」(2021年8月)でも、「静岡県知事が川勝氏から別の人間に交替した途端、一気に工事が進む可能性もある」と記しておいたが、現実はそれほど容易ではないようだ。
JR東海はこの3月29日、品川ー名古屋間の2027年の開業断念を表明している。その理由について、当初は静岡工区の着工が見通せないことをあげていたが、より取材を進めると必ずしもそうではなかった(『東京新聞』2024年4月6日付)。
甲府市と山梨県中央市にまたがる山梨県駅(仮称)、長野県飯田市の座光寺高架橋は、ともに来年度の着工予定だ。工期6年8カ月、5年10カ月を要し、完成はともに2031年の予定という。第1首都圏トンネルの調査掘進は機器の故障で工事は中断したままで、愛知県でも未着の調査掘進があるという。そういう実態を隠しながら、すべて静岡県に、川勝前知事に押し付けてきていたのだ。
さて、京都育ちの川勝氏だが、静岡県知事のブレーンとして活動したことが縁で、みずからの立候補に至ったようだ。2009年の初めての選挙は僅差で当選したが、13年、17年、21年の知事選すべて圧勝である。川勝前知事のリニア中央新幹線との向き合い方を、静岡県民の多くは支持してきたのであり、県民の民意なのだ。
『静岡新聞』(2021年10月28日付)に「丹那トンネル工事被害 文献調査」という記事があるが、この記事を参考にする。
丹那トンネルは東海道本線熱海駅―函南駅駅(ともに静岡県)間に位置する延長7.8キロメートルのトンネルで、1918(大正7)年3月に着工し、34(昭和9)年12月に開通した。湧水による水没で、作業員67人が犠牲になった難工事として知られている。
静岡県は2021年10月26日、この工事に伴う渇水被害について行った文献調査の結果を発表している。もちろんリニア中央新幹線の南アルプストンネル工事に伴う大井川の水問題の参考にするためである。
この難工事のために、地下にたまった高水圧の水を掘削時に出し切る工法として「水抜き」が開発された。調査によると、丹那盆地での渇水被害が確認されたのは1924(大正13)年秋、旧鉄道省が調査に乗り出したのは27(昭和2)年である。
工事による湧水の枯渇が確認されたのは66箇所。断層に沿っていて、トンネルから離れた場所でも確認された。地表の湧水に影響を与える地下水位は掘削の進行につれて下がっていき、トンネルの位置付近までになったという。掘削期間中にトンネルから流出した水量は芦ノ湖3杯分、計6億トンに及んだ。
この「水抜き」工法は、今回のリニアのトンネル工事でも採用される。JR東海側は、着工後に影響を調べるモニタリングを行うと主張したが、静岡県の担当者は「着工前に、影響を回避・低減する対策を考えるのが先」とやり込まれている。
川勝氏は、こういった資料を探しだして提示してくれていた。ネット検索でもスキャニングされたこの記事がスーッと出てきたことに驚いたが、それも静岡県が仕組んだことなら面白い。JR東海にとっては手強い相手だったのではあるまいか。
リニア中央新幹線と原発の関係にも触れておかなくてはならない。
認知学者苫米地[とまべち]英人氏はテレビ番組で、「リニアは新幹線の4倍の電力を使う。つまり原発再稼働が前提なんですよ」と述べている(「東スポweb」同年4月9日付)。科学史家山本義隆氏の『リニア中央新幹線をめぐって』(みすず書房、2021年)でも同様なことに触れているが、それに対してJR東海側から反論はないという。
すでに高度成長が終わり、電力需要が頭打ちになっていた1990年代でも、日本政府は原発拡大方針を変えず、各電力会社に原発新設を求めていた。もう原発はいらないという動きにはならなかった。そこで見出されたのがリニアモーターカーだった。
安倍晋三元首相のブレーンでもあったJR東海葛西敬之[よしゆき]会長主導で、リニア中央新幹線計画が進められた。当初の民間事業は、法律改正によって3兆円の財政投融資が投入される国家的プロジェクトとなった。そこに、東京電力柏崎刈羽原発(新潟県)と中部電力浜岡原発(静岡県)が欠くことのできない原発として位置づけられた。あくまでも原発政策維持のためのリニア中央新幹線計画だったという。
この3月19日、柏崎刈羽原発再稼働への同意が新潟県知事に要請され、4月15日には7号機原子炉へ核燃料を入れる「装荷」作業が始まった。再稼働は地元同意が必要だが、「装荷」作業は不要である。浜岡原発も3号機、4号機の再稼働前提となる審査が行われている。リニア中央新幹線の工事は遅れても、原発は再稼働に向けて着々と作業が進められているのだ。
では、国はどうして原発にこだわるのか。次は『朝日新聞』(1992年11月29日付)に掲載された山本も引用している外務省幹部の談話だが、これが1958年の岸信介政権以来、連綿と受け継がれてきた政府方針だという。
「日本の外交力の裏づけとして、核武装選択の可能性を捨ててしまわないほうがいい。保有能力は持つが、当面、政策として持たないという形でいく。そのためにもプルトニウムの蓄積と、ミサイルに転用できるロケット技術は開発しておかなくてはならない」
原発は核武装のツールなのだ。原発維持は国策であり、司法判断もそれに沿ったものになっている。リニア中央新幹線は無用の長物であろうとかまわないのだ。消費電力さえ大きければよい。
厄介なことに、これは政治家ではなく幹部官僚の談話で、幹部官僚内でも連綿と受け継がれているということだ。今後も、2009年の民主党への政権交代程度のことではびくともしない。政権交代時には幹部官僚も大幅に入れ替え、正面からアメリカとも交渉できる強力な政権でなくては覆らないのだ。
まずは、新静岡県知事の誕生を見守ることになる。 (2024/04)
<2024.4.17>
リニア中央新幹線L0系改良型950番台車両(「Wikipedia」より)