いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第109回:中国をめぐって
中国は、1949以来中国共産党による一党支配が続いているが、いまや国内総生産(GDP)世界第2位で、経済的にも軍事的にもアメリカと覇を争う大国である。ただ南シナ海の南沙諸島海域での人工島造成による軍事基地建設やウイグル族弾圧など、非難も避けられない部分もあるのだが、中国ならなんでも批判するのが当たり前のようなテレビや新聞もやりすぎで、比較的まともな論調といわれる『東京新聞』でさえ、その例に漏れない。
その『東京新聞』(2021年10月14日付)に興味深い記事があった。論説委員白鳥龍也氏による「尖閣の緊張緩和 『4項目合意』再確認を」という記事である。
中国海警局の船が尖閣諸島付近の領海まで侵入する例は月平均3.9日で、すでに昨年を上回っているという。こうした動きの起点となった2012年の尖閣国有化直後はもっと多かったが、当時ほどではないにしろ、昨年の5月頃からまた増加傾向にあるという。この動きは日本側の動きと連動していて、日本漁船が領海に入るとそれを監視するように中国公船が侵入してくる。尖閣を自国の領土と主張する中国としては当然の行動であろう。
ただ、この日本側の動きにも問題があるというのだ。反中国の右派団体が政治目的から日本漁船を後押ししているケースがあるという。日本漁船がいない状態での中国公船の侵入は月に1回、2時間程度のものだという。
いたずらに中国脅威論に反応することなく、日中関係改善の原点となった2014年の「四項目合意」を見つめ直す必要を説き、その「合意」発表当時外相だった岸田文雄現首相に期待すると、記事はまとめている。
なんということか。日本の右派が煽っているのが実態のようだ。日本の報道機関はそういう実態を知りながら、これまで隠してきたのであろうか。今回は、よくこういう記事を掲載してくれたものである。
尖閣諸島の国有化は2012年、あたかも東京都の石原慎太郎知事に迫られるような形で、野田佳彦首相(ともに当時)によって進められた。アメリカのキャンベル国務次官補より「国有化したら非常に厳しい局面になる。日本の判断次第では、日中関係のみならず東アジアを不安定にする」とクギを刺され、中国の胡錦濤国家主席からは、「事態の重大さを十分に認識し、誤った決定を下すことなく、中日関係の大局を維持すること」と抗議をうけたわずか2日後、野田政権は尖閣国有化を閣議決定。中国側は「メンツをつぶされた」と怒りを露わにしたのは当然で、あまりにも安易な判断だった。
以来日中間が緊張状態に入ったのは当然の成り行きであった。そこで2014年、安倍晋三首相(当時)の意をうけた福田康夫元首相と習近平国家主席の水面下の交渉をへてどうにかまとめられた「四項目合意」だが、双方が都合よく解釈できる余地を残した苦肉の産物だった。
そもそも1972年9月の日中国交正常化は、当時の田中角栄首相、周恩来首相による交渉の最後の最後、尖閣諸島の領有問題が棚上げされたことによって実現したものだった。したがってこの問題は、いずれこのふたりの知恵に返るしかないのだが、日本の外務省はそういう文書は存在しない、文書にない合意は認められないと主張。安倍政権下のことゆえ、文書削除の疑いが濃厚だが、元中国大使丹羽宇一郎氏の検証によれば、国内だけでなく、イギリスや中国にもその合意の存在を示すものがあるようだ(「東洋経済ONLINE」2017年9月29日付)。
今回の総選挙で少しはまともな政権になることを期待したが、安倍・菅政権踏襲のまま、さらに日本維新の会が台頭してきて、より強硬になっていきそうな雰囲気である。
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このところ台湾問題が騒がしい。習近平国家主席は「統一は中国全体の国民の希望である」という孫文の言葉を引用して統一を訴え、そのためには武力行使も排除しないことを表明している。この言葉どおり10月4日には、56機の中国軍機が台湾の防衛識別圏に侵入している。
他方の台湾、蔡英文総統は、自国を「民主防衛の最前線」と位置づけて「主権の確保と国土の保守」を訴えているほか、アメリカやEUなど西側諸国と積極的に接触して、台湾を西側の1国に置こうとしている。最近米軍の駐留も認め話題になったが、アメリカの報道によれば1年前から米軍による台湾軍の訓練が行われているようで、これがまた中国を必要以上に刺激している。
アメリカのバイデン大統領の姿勢も強硬で、対話集会で「台湾が中国に攻撃された場合、米国には台湾を防衛する責務がある」とまで述べ、あとで釈明に追われている。アメリカ側の言動は矛盾しているのだ。
中国と国交のある国は「ひとつの中国」の原則を承認し、「台湾は中国の領土」という中国の主張を認識している。アメリカや日本も西側諸国の多くもそうである。この原則を認めていないわずか15カ国だけが台湾と国交をもっているのが実情だ。
ところで菅義偉[よしひで]前首相は、4月のバイデン大統領との首脳会談後の日米共同声明において、台湾有事では米軍と緊密に連携する方針を確認している。ところが、1972年の日中共同声明には「日本国政府は、中華人民共和国政府(共産党政権)が中国の唯一の合法政府であることを承認する」とか「台湾が中華人民共和国の領土の不可分の一部であることを日本政府が理解し、尊重する」という文言がある。そういう意味では、ずいぶんいい加減な日米共同声明だった。10月25日、岸田文雄政権発足直後、中国の王毅外相が台湾問題をめぐって「一線を超えることは許されない」とクギを刺したのは、このことが念頭にあった。
日本政府は、中国、韓国、北朝鮮など隣国との外交関係がギクシャクしている。いずれも過去においてわが国が侵略し統治したことのある国ばかりで、安倍政権以降、そういう歴史を曖昧にしようとしてきた。そういう意味でも世界に通用する歴史認識をもつ政権ができない限り、ギクシャクした関係がいつまでも続くことになる。わが国はこれらの国の旧宗主国であり、分断にも深く関わっていることを自覚しなければならない。
つい先日、日米韓の3カ国での協議で、韓国側が朝鮮戦争の終戦宣言を提案した。アメリカ側は態度を留保したにもかかわらず、日本側は「時期尚早」とし、「日本は朝鮮戦争の当事国ではないため、非核化優先を維持する」としたという。
もし韓国・北朝鮮双方が終戦宣言を望んでいるのであれば、日本は積極的に後押しをしてもよいのではなかろうか。ただし中国・台湾の問題にどう関わるかは難しい。アメリカの誘いに乗って安易に関わってはいけないだろう。蔡英文総統が中国をあまり挑発しないことを祈るばかりである。 (2021/11)
<2021.11.15>
外務省発行パンフレット「尖閣諸島」表紙(外務省HPより)
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