いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第137回:終わりのみえない戦争
ロシアがウクライナに侵攻したのは2022年2月末だった。その直後、日本語を話すウクライナ人がテレビに登場して驚いたことがあった。ウクライナのキーウ在住で、現地からの中継という形で本当に流暢な日本語で伝えていた。
ボグダン・パルホメンコ氏といった。自身の日本語HPや「ウィキペディア」によると、1986年生まれの38歳。ウクライナで生まれて4歳で母親と来日し、中学校を卒業するまで日本で暮らした。ウクライナで大学院を卒業後、三菱商事現地法人勤務などをへて、貿易会社を立ち上げ美容製品の輸入販売を行っているという。シングルマザー家庭だったようだ。
日本語を駆使してX(旧ツイッター)やYouTube、テレビを通して現地の様子を伝えると同時に、募った支援物資をウクライナの困っているひとびとに届けるボランティア活動を、いまも積極的に行っている。
ネット上から当時の彼のツイートを拾うことができた。
「ゼレンスキー大統領の支持率が95%に到達、7割以上の国民が戦争に勝てると確信」(2022年3月1日付)
客観的な書き方ではあるが、当時の彼自身の発言は明らかにゼレンスキー大統領の熱烈な支持者のもので、まさに正義の味方のように紹介されていた。
今年2月中旬、そのボグダン氏が来日した。テレビで見かける機会はなかったが、ネット上で「デイリー新潮」(2024年2月23日付)のインタビュー記事を読んだ。
海外に出るのも日本に来るのも5年ぶりという。現在、ウクライナの男性は国外に出ることを禁じられていて、軍の許可を得ての来日である。戦闘が長期化して、支援を受けていたひとびとが徴兵されることによって自分たちの活動が軍の内部にも伝えられ、兵士にも支援するようになったという。
ウクライナの経済はボロボロ状態で、兵士には給料も全額支給されていないうえ、移動は自分の車を使うように求められ、そういう兵士たちに四輪駆動車を数台提供したともいう。組織としての軍への支援ではなく、困っている兵士やボランティア兵に対しての支援である。
インタビューのなかに気になる発言があった。要旨をまとめてみる。
「今後も戦争を続けるのなら、対価が高すぎる。戦争は勝ったほうも負けたほうも損をする。これ以上続けても命がなくなるばかりだ。多くの若者を招集し、生産ではなくひとを殺すために力を使っている。占領されたウクライナの領土を戻すために使われている。そこまで戦争を続ける価値があるのか。領土は現状のままで停戦し、NATOに加盟しないこと、ロシアにもつかないことを約束し、ウクライナは永世中立国となるのがいいのではないか」
また同氏自身のHP冒頭、「MESSAGE」の末尾には次のように記している。
「私はアメリカや国連やNATO、EUが正義という世界はもう時代遅れの幻想だと感じます。新しい考え方、新しい価値観、争いのない新しい地球人の誕生が今、早急に求められているのではないかと感じます」
何ということか。かつてのゼレンスキー大統領の熱烈な信奉者だったボグダン氏から、2年が過ぎて発せられた至極真っ当な言葉たちである。ボグダン氏は明らかに変わった。
そして、日本を離れる3月1日付のXには次のようにあった。
「本当に早く戦争が終わり、ウクライナも日本の様に平和になる事を願っています」
ロシアのウクライナ侵攻から丸2年が過ぎた2月24日、ウクライナの首都キーウには西側諸国の首脳たち何人かが集まり支持を表明するなか、ゼレンスキー大統領が演説した。「BBC NEWS JAPAN」(同年2月25日付)を参考にする。
「我々のウクライナが終わるなど、わたしたちは誰も許さない。戦争終結を願うのは当然だが、それはウクライナが良しとする条件下の終戦でなくてはならない。(中略)私たちはそのために戦っている。すでに自分たちの人生のうち730日をかけて。そして勝利する日こそ、私たちの人生で最良の日となる」
その翌日、フランスのマクロン大統領は、欧米諸国の地上部隊をウクライナに派遣する可能性を排除しない考えを明らかにした。NATO各国は一斉に反発したが、ウクライナへの軍事支援停止を主張するスロバキアのフィツォ首相は、各国首脳の間で意見が真っ向から割れていることを明かした(『東京新聞』同年2月29日付)。
2年前のフィンランドのNATO正式加盟に続き、今年3月7日にはスウェーデンも加わった。以前より世界最大の軍事同盟だったが、32カ国体制、国防費1兆510億ドル(156兆円)の巨大軍事同盟へと強化され、あたかも東西冷戦時代に戻ったようだ。
そのNATOには昨秋より、ウクライナへ供給する武器・弾薬が逼迫という報道があったが、その防衛装備品(武器・弾薬)のアメリカの生産体制を下支えすべく、我が国の岸田文雄首相が4月の訪米の際に、「共同生産体制の強化」の成果文書に明記する予定だという。
ここにはよい話はひとつもない。強いてあげればNATOも一枚岩ではないことくらいで、多くはロシアとの緊張を高めるものでしかなく、ボグダン氏の真っ当な想いに逆行する動きでしかない。
ローマ教皇が9日、公開のスイスメディアのインタビューで、ウクライナに対しロシアとの戦争の外交的な解決を訴えたが、「停戦し外交交渉に入る」ことについて、インタビュアーが用いた「白旗」という語をそのまま用いたことが災いし、ゼレンスキー大統領をはじめとするウクライナ側の猛反発を招いてしまった。
うまくすると、ローマ教皇の発言をきっかけに停戦に向けての大きな流れができることも期待したのだが、泡となって消えた。もう当分この話はできない。ボグダン氏も自国内では、日本で話したような想いは口が裂けても言えるはずもない。戦争は続き、犠牲者はまだまだ増える。
先のインタビューでボグダン氏は、昨年の反転攻勢の失敗以降、ゼレンスキー大統領の人気は大きく下がってきていて、年内に政権交代もありうるとも語っていた。大統領の5年間の任期は今年5月で切れる。ウクライナの政治アナリスト、ミコラ・ダビジュク氏へのインタビュー記事(『産経新聞』同年2月28日付)を参考にする。
憲法では戦時中の選挙は禁止とされているが、任期が切れたあとの大統領権限についての規定がない。そして議会については「総選挙で次の議会が発足するまで機能する」とされている。そこで大統領権限について、議会や大統領の申し立てにより憲法裁判所が判断することになるが、「大統領権限は失効した。議会が大統領代行を任命して政権をつくるように」との判断を示す可能性があるという。
5月以降もそのままゼレンスキー氏が大統領職にとどまれば、「自称大統領」という笑い話のような話まである。しかし政権の正当性が問われることになり笑っては済まされないのだが、不思議なことにこの件に関しての報道がほとんどない。
この11月にはアメリカ大統領選挙がある。バイデン氏とトランプ氏の対決になるようだが、双方とも支持率は30%台で、国民の多くはどちらも支持していない。それでもウクライナの戦争に限れば、トランプ氏が大統領になれば早々にロシアとの停戦交渉に入ることは間違いないだろうが、そこまでだ。同氏はすでにイスラエルによるガザ地区攻撃支持を明確に表明している。
ウクライナもガザも、即時停戦しか選択肢はないはずだが、当分その方向には進みそうもない。真っ当な心をもったひとは力がない。 (2024/03)
<2024.3.14>
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