いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第133回:辺野古の行方
沖縄県名護市辺野古では米軍新基地建設が進行中である。その沿岸部東側の埋め立て予定地海底には、「マヨネーズ並み」といわれる柔らかい粘土層がひろがり、最深部は海底90メートルにもおよぶ。ハンマーを置いただけで30センチは沈むというから、地盤がマヨネーズ状態なのである。
のちの情報公開請求で明らかになったことだが、防衛省はその事実をまとめた報告書を2007年に委託業者から受け取りながら、追加調査もせずに工事手続きを進めて13年12月に埋め立て承認を得、17年4月には埋め立て工事に着手していた。そして埋め立て承認後にボーリング調査を開始し、軟弱地盤が確認されたとして20年4月になって、沖縄県への地盤改良の設計変更申請を行うというなんとも不誠実な対応だった。しかも、その設計変更申請に助言を行っていた技術検討会の委員たちは、国から委託された設計業者に指導していた専門家たちだったという事実まで明らかになっている(『東京新聞』2023年11月3日、12日付)。
沖縄県は設計変更申請を1年7カ月の審査をへて2021年11月、「必要な調査が実施されておらず、地盤の安定性が十分に検討されていない」として不承認とした。ここから沖縄県と国との間の法廷闘争が始まる。
2021年12月、防衛相は国土交通相に対して沖縄県の不承認を取り消す不服審査請求を行う。22年4月、国土交通相は県の不承認処分を取り消したが、県が従わないため、国土交通相は承認するよう是正指示を行う。
この審査請求は本来国民救済のための制度で、行政側が行うことは想定されていない。防衛相は「私人」となって不服審査請求を行い、身内である国土交通相がその是非を判断したことになるため、行政の専門家からの反発も多かったが、国は一顧だにしない。
2022年8月、県は是正指示を国の違法な関与として高裁に提訴、23年3月、高裁が是正指示を適法としたため、県が上告。そして9月、最高裁は県の上告を棄却、県の敗訴が確定した。
ただ、この国土交通相の是正指示は、沖縄県に対して承認を強制する「執行力」がなく、玉城デニー知事は「期限までの承認は困難」と表明、事実上拒否。10月5日、国は県に代わって承認できる「代執行」の訴訟を高裁に提訴、同30日、第1回口頭弁論が開かれ即日結審した。玉城知事自ら証言台に立ち、代執行を国家権力と批判、容認することのないように訴えたが、裁判官からは県・国、どちらにも質問ひとつなく審理を終えた。判決期日は未定である。
地方自治法には、国の業務を自治体が担う法定受託事務の場合、国が代執行できる規定がある。ただ、①他の方法での是正が困難 ②著しく公益を害するーーという要件を満たさなければならない。裁判ではこれらの規定への可否について厳格な審査が求められるはずだったが、即日結審とは驚きである。
これで国の勝訴となれば、高裁が知事に期限を定めて承認を命じ、それに従わなければ国土交通相が知事に代わって承認を代執行することになる。知事はまた上告することも可能だが、逆転勝訴でもしない限り代執行を止めることはできない。
いよいよ追い詰められた沖縄県だが、理性を失ったかのような国の対応に懸念を示しているのが、行政法の専門家で成蹊大学の武田真一郎教授である。RBC琉球放送の記事「辺野古”代執行”めぐり揺れる『地方自治』」(同年11月3日付)から紹介する。
武田教授は、即日結審した今回の裁判がいかに異例なものであるか、1995年に国が沖縄県を訴えた代理署名訴訟を例にあげる。
1995年の村山富市政権時、沖縄県は大田昌秀知事のときである。当時は地方自治法改正前で、県は国の出先機関という位置づけだった。アメリカ軍用地の強制借り上げをめぐり、契約を拒否した地主に代わり、国は大田知事に対し代理署名を命じた。知事は「基地の固定化につながる」として拒否したため、職務遂行を求めて国は県を提訴。
この裁判では1審で4回にわたって審理が開かれ、県に対して裁判官から質問も行っている。武田教授は次のように述べている。
「(地方自治法)改正前の県が国の下請けだった時代も、職務執行命令の内容を裁判所は実質的に審査していたんですね。ですから今回も、当然、代執行の前提となった是正の指示が適法かどうか。さらに前提となっている玉城知事の設計不承認が違法といえるのかどうか、本当は改めて審理しなければいけないんですよね」
今回の裁判の大きな争点は「公益性」である。国は「安全保障」と「普天間基地の危険性除去」をあげていて、沖縄県は知事選挙や県民投票で示された「民意」だと訴えてている。そのうえで「地方公共団体の意思決定を強制的に変更することが許されるのかが問われている」として、実質的な審理を求めていたのである。
これで、もし仮に代執行が認められるなら、国は地方の民意を無視して、なんでもやりたいようにできることになってしまう。もちろん沖縄に限ったことではない。住民の意向を無視しての新基地建設や使用済み核燃料最終処分場建設の強行なども起こりかねないと武田教授は危惧する。
この9月から10月にかけて、武田教授同様に危機感をもった良心的な行政法や憲法の専門家たちが、相次いで声明を出したり会見を開く動きがあったことも付け加えておきたい。
おそらく、沖縄県に対して設計変更承認を命じる判決が下されることになるだろう。玉城知事がその命令に従わなければ、国は代執行でもって承認とし、工事は続けられる。
ただ、マヨネーズ状態の地盤に建造物を建設するには、海底に7万本の砂杭を打ち込み軟弱地盤を固める大規模な工事が必要となる。国内では水面下70メートルまでの地盤改良工事しか実績がなく、水面下90メートルまでの改良工事は世界でも例がない。
また、当初予定されていた5年の工期も9年3カ月に延ばされ、3,500億円だった予算は9,300億円に引き上げられたが、さらに2〜3兆円という話まで出ている。正直のところ、完成するかどうかもわからない工事である。
また、米軍幹部のなかに辺野古不要論があることはこれまでも記してきたが、今年3月、建設現場の視察に訪れた米軍幹部が「何のために造っているのか。ドローンの時代には使えない不要な基地だ」と周囲に漏らしたという。
もうひとつ、歴代政権は「辺野古移設が普天間基地固定化回避の唯一の解決策」と繰り返し言い続けてきているが、普天間基地返還にあたっては8項目の条件が提示されていて、辺野古新基地完成によってそのすべてが満たされるわけでもない。普天間基地返還を求めるならば、新たな根本的な議論が必要になることも付け加えておきたい。
そろそろ、この辺野古新基地計画を見直すこと、改めて普天間基地閉鎖の議論を始めることも検討すべきではなかろうか。いまの国の姿勢は、あまりにも不誠実である。
(2023/11)
<2023.11.14>
埋め立て工事前の辺野古崎付近(撮影/Sonata氏、2010年5月26日「Wikipedia」より)