いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂

第106回:リニア中央新幹線  

 現在、リニア中央新幹線の工事が進められている。JR東海が経営主体となっているが、安倍晋三政権による強力な後押しも引き継がれ、国家プロジェクトとなっている。そうとはいえ、東京から大阪までの路線拡充計画である。いまの東海道新幹線の老朽化問題があるにしても並走維持とあって、当初からその必要性が疑問視されていた。つまり、本当に必要なのか? ということである。
 今年7月19日、東京都大田区と世田谷区の住民24人が同社を相手に、両区にまたがるリニア中央新幹線4キロの工事差し止めを求める訴訟を起こした。昨年10月以降、調布市の東京外郭環状道路(外環道)工事で、シールドマシンによる大深度のトンネル工事の影響で陥没や空洞が発覚しているが、リニア工事の都市部も同様の工法で行われる。原告の住民たちの主張は、外環道工事のような被害のほか不動産価値下落の可能性があるというもので、2018年より詳細な説明や公聴会開催を求めているが、実現していない。そんななかで起きた外環道工事での陥没である。リニア工事をめぐっては、ほかにも沿線1都6県の住民によって、国に対して認可取り消しを求める訴訟が複数係争中である(『東京新聞』2021年7月19日付夕刊)。

 リニア中央新幹線は、2027年に東京・品川駅―名古屋駅間、2037年に新大阪駅までの開業を目指している。山梨県につくられた山梨実験線では2013年8月より、上野原市から笛吹市におよぶ全線42.8キロでの走行実験が開始され、これが営業線としても使用される。他の区間の工事も進展していて、それと同時に先に紹介したようなトラブルや訴訟も頻発している。
 リニア中央新幹線の軌道は、高速を維持するためにほぼまっすぐに設計され、品川駅―名古屋駅間285.6キロのうちトンネルが86%を占める結果となった。なかでも大きな障壁となる南アルプスを迂回せずに貫通させる難工事は、新たなトラブルを引き起こしている。
 静岡県最北部にある南アルプスを貫通するのが南アルプストンネル(山梨県早川町―長野県大鹿村)である。山梨工区(7.7キロ)、長野工区(8.4キロ)が2015、16年にすでに着工しているものの、静岡工区(8.9キロ)は県の了解を得られずに未着工のままである。
 静岡県の川勝平太知事が最も懸念するのが「水枯れ」問題である。静岡県北部の南アルプスは大井川水源部にあたる。トンネル工事が大井川水源部の断層破砕帯を切断する可能性がある。断層破砕帯とは断層面に沿ってできている岩石が破砕された部分のことで、トンネル掘削によって溜め込まれていた大量の地下水が噴出する可能性がある。映画『黒部の太陽』(1968年)で描かれたのも、黒部第四ダム建設工事の断層破砕帯との闘いだった。
 『朝日新聞』夕刊の連載「現場へ! リニア工事の周りで」(同年6月28日〜7月2日付)によると、懸念される「水枯れ」はすでに各地で起きていることがわかる。同連載は『朝日新聞 DIGITAL』でも読むことが可能だが、それによると2010〜11年、山梨県笛吹市のリニア実験線に伴うトンネル工事という相当早い時期から「水枯れ」問題が起きている。
 作物の灌漑用に使っていた川が干上がってしまい、数軒の農家が協力して仮設の井戸を掘ってしのいだが、最終的に鉄道運輸機構が30年分の維持費を支払っている。簡易水道の水源の川が枯れた例では鉄道運輸機構がトンネルから出た水をポンプで汲み上げて川に戻している。さらに沢の水量が20分の1に減ったところさえもある。これでもほんの一例にすぎないが、これらが川勝知事の懸念の根拠となっている。

 さらに活断層の問題もある。南アルプス周辺は、中央構造線をはじめとして、糸魚川―静岡構造線、笹山構造線、井川―大唐松構造線などいくつもの活断層が並走する地震多発地帯であり、複数の断層破砕帯も確認されている。さらにフィリピン海プレートが潜り込むことで、年に4〜5ミリという日本で最も速い速度の隆起が確認されているところでもある。そんなところを南アルプストンネルが貫くことになるのだ。
 1930(昭和5)年の北伊豆地震では、断層が大きくずれたため建設中の丹那トンネルの掘り直しが行われている。また、2004年の中越地震では上越新幹線の魚沼トンネルの壁が崩落したこともある。南アルプストンネルの場合は、地震だけでなく隆起による崩壊の懸念もあるのだ。10年がかりの工事になるというが、建設中も完成後も不安な要素が少なくない。

 先の『朝日新聞』の連載からは、トンネルの掘削工事から出た残土処理にも苦慮している様子が窺える。東京から長野県大鹿村に移住したフリーライターの宗像充氏は、「リニア工事はすべて行き当たりばったり」と呆れながら取材に応じている。非常口から残土を搬出する橋は強度不足が判明し、作業途中で慌てて付け替えている。村外に通じるトンネルの拡張工事を急ぐあまり、発破による崩落事故を起こした。変電施設の建設予定地を一時的に残土置き場にしたが、その残土の移転先が見つからず、施設工事の目処が立っていないということがいくつもあるらしい。
 「大した反対運動もないのに、計画がずさんで予定通りに進まず、自滅しつつある」と苦笑し、「一度失った自然は二度と戻らない」とも付け加えている。

 リニア中央新幹線工事は自滅しつつあるというのである。前出の川勝知事も同様のことを語っている(「NHK NEWSWEB」同年6月24日付)。
 「新型コロナで新幹線の乗客は減り、オンラインの時代到来で移動の必要性も低くなった。川勝のせいではなく、リニアそのものの足元が崩れてきている。このまま進めていいのか、一度立ち止まって考えるべきだ。意思決定できる人の説得を試みたい」
 無理なら無理で撤退すればよいのだが、そうとはならないだろう。六ケ所村の核燃料再処理工場同様に、完成の目処も立たないままいつまでも工事が進められることにもなりかねない。あるいは静岡県知事が川勝氏から別の人間に交替した途端、一気に工事が進む可能性もある。
 それにしても、迷走する新型コロナウイルス対応、トラブル続きの東京オリンピック・パラリンピックなど、国家規模のプロジェクトの信頼度が薄れてきている。さて、どうなるのであろうか。 (2021/08)

  
<2021.8.11> 

リニア中央新幹線公式サイトトップページ(JR東日本HP)

リニア中央新幹線ルート図(JR東日本HP)

いま、思うこと

第1〜10回LinkIcon 
 第1回:反原発メモ
 第2回:壊れゆくもの
 第3回:おしりの気持ち。
 第4回:ミスター・ボージャングル Mr.Bojangles
 第5回:病、そして生きること
 第6回:沖縄を思う
 第7回:原発ゼロは可能か?
 第8回:ぼくの日本国憲法メモ ①
 第9回:2013年7月4日、JR福島駅駅前広場にて
 第10回:ぼくの日本国憲法メモ ②

  
第11〜20回LinkIcon
 第11回:福島第一原発、高濃度汚染水流出をめぐって
 第12回:黎明期の近代オリンピック
 第13回:お沖縄県国頭郡東村高江
 第14回:戦争のつくりかた
 第15回:靖国参拝をめぐって
 第16回:東京都知事選挙、脱原発派の分裂
 第17回:沖縄の闘い

 第18回:あの日から3年過ぎて
 第19回:東京は本当に安全か?
 第20回:奮闘する名護市長

第21〜30回
LinkIcon
 第21回:民主主義が生きる小さな町
 第22回:書き換えられる歴史
 第23回:「ねじれ」解消の果てに
 第24回:琉球処分・沖縄戦再び
 第25回:鎮霊社のこと
 第26回:辺野古、その後
 第27回:あの「トモダチ」は、いま
 第28回:翁長知事、承認撤回宣言を!
 第29回:「みっともない憲法」を守る
 第30回:沖縄よどこへ行く
  
第31〜40回LinkIcon
 第31回:生涯一裁判官
 第32回:IAEA最終報告書
 第33回:安倍政権と言論の自由
 第34回:戦後70年全国調査に思う
 第35回:世界は見ている──日本の歩む道
 第36回:自己決定権? 先住民族?
 第37回:イヤな動き
 第38回:外務省沖縄出張事務所と沖縄大使
 第39回:原発の行方
 第40回:戦争反対のひと

第41〜50回  LinkIcon
 第41回:寺離れ
 第42回:もうひとつの「日本死ね!」 
 第43回:表現の自由、国連特別報告者の公式訪問
 第44回G7とオバマ大統領の広島訪問の陰で
 第45回:バーニー・サンダース氏の闘い 
 第46回:『帰ってきたヒトラー』
 第47回:沖縄の抵抗は、まだつづく 
 第48回:怖いものなしの安倍政権
 第49回:権力に狙われたふたり 
 第50回:入れ替えられた9条の提案者 
 第51~60LinkIcon
    第51回:ゲームは終わり
 第52回:原発事故の教訓
 第53回:まだ続く沖縄の闘い 
 第54回:那須岳の雪崩事故について
 第55回:沖縄の平和主義
 第56回:国連から心配される日本
 第57回:人権と司法
 第58回:朝鮮学校をめぐって
 第59回:沖縄とニッポン
 第60回:衆議院議員選挙の陰で

第61回:幻想としての核LinkIcon 

第62回:慰安婦像をめぐる愚LinkIcon

第63回:沖縄と基地の島グアムLinkIcon

第64回:本当に築地市場を移転させるのか?LinkIcon

第65回:放射能汚染と付き合うLinkIcon 

第66回:軍事基地化すすむ日本列島LinkIcon 

第67回:再生可能エネルギーの行方LinkIcon 

第68回:活断層と辺野古新基地LinkIcon 

第69回:防災より武器の安倍政権LinkIcon 

第70回:潮待ち茶屋LinkIcon 

第71回:日米地位協定と沖縄県知事選挙LinkIcon 

第72回:沖縄県知事選挙を終えてLinkIcon 

第73回:築地へ帰ろう!LinkIcon 

第74回:辺野古を守れ!LinkIcon 

第75回:豊洲市場の新たな疑惑LinkIcon 

第76回:沖縄県民投票をめぐってLinkIcon 

第77回:豊洲市場、その後LinkIcon

第78回:元号騒ぎのなかでLinkIcon 

第79回:安全には自信のない日本産食品LinkIcon 

第80回:負の遺産の行方LinkIcon 

第81回:外交の安倍!?LinkIcon 

第82回:「2020年 東京五輪・パラリンピック」中止勧告LinkIcon 

第83回:韓国に100%の理LinkIcon 

第84回:昭和天皇「拝謁記」をめぐってLinkIcon 

第85回:濁流に思うLinkIcon 

第86回:地球温暖化をめぐってLinkIcon 

第87回:馬毛島買収をめぐってLinkIcon 

第88回:原発と裁判官LinkIcon 

第89回:新型コロナウイルスをめぐってLinkIcon 

第90回:動きはじめた検察LinkIcon 

第91回:検察庁法改正案をめぐってLinkIcon 

第92回:Black Lives Matter運動をめぐってLinkIcon 

第93回:検察の裏切りLinkIcon 

第94回:沖縄を襲った新型コロナウイルスLinkIcon 

第95回:和歌山モデルLinkIcon 

第96回:「グループインタビュー」の異様さLinkIcon 

第97回:菅政権と沖縄LinkIcon 

第98回:北海道旭川市、吉田病院LinkIcon 

第99回:馬毛島買収、その後LinkIcon 

  

第100回:殺してはいけなかった!LinkIcon 

第101回:地震と原発LinkIcon

第102回:原発ゼロの夢LinkIcon 

第103回:新型コロナワクチンLinkIcon 

第104回:新型コロナワクチン接種の憂鬱LinkIcon 

第105回:さらば! Dirty OlympicsLinkIcon 

第106回:リニア中央新幹線LinkIcon

第107回:新型コロナウイルスをめぐってLinkIcon 

第108回:当たり前の政治LinkIcon 

第109回:中国をめぐってLinkIcon 

第110回:したたかな外交LinkIcon

第111回:「認諾」とは?LinkIcon 

第112回:「佐渡島の金山」、世界文化遺産へ推薦書提出LinkIcon

第113回:悲痛なウクライナ市民LinkIcon 

第114回:揺れ動く世界LinkIcon 

第115回:老いるLinkIcon

第116回:マハティール・インタビューLinkIcon 

第117回:安倍晋三氏の死をめぐってLinkIcon

第118回:ペロシ下院議長 訪台をめぐってLinkIcon 

第119回:ウクライナ戦争をめぐってLinkIcon 

第120回:台湾有事をめぐってLinkIcon 

第121回:マイナンバーカードをめぐってLinkIcon 

第122回:戦争の時代へLinkIcon

第123回:ウクライナ、そして日本LinkIcon 

第124回:世襲政治家天国LinkIcon 

第125回:原発回帰へLinkIcon 

第126回:沖縄県の自主外交LinkIcon 

第127回:衆参補選・統一地方選挙LinkIcon 

第128回:南鳥島案の行方LinkIcon 

第129回:かつて死刑廃止国だった日本LinkIcon 

第130回:使用済み核燃料はどこへ?LinkIcon 

第131回:ALPS処理水の海洋放出騒ぎに思うLinkIcon 

第132回:ウクライナ支援疲れLinkIcon 

第133回:辺野古の行方LinkIcon 

第134回:ドイツの苦悩LinkIcon 

第135回:能登半島地震と原発LinkIcon 

第136回:朝鮮人労働者追悼碑撤去LinkIcon 

第137回:終わりのみえない戦争LinkIcon

第138回:リニア中央新幹線と川勝騒動LinkIcon 

第139回:ある誤認逮捕LinkIcon 

第140回:日本最西端の島からLinkIcon 

第141回:隠された米兵性的暴行事件LinkIcon 

第142回:親ユダヤと正義LinkIcon 

第143回:ベラルーシの日本人スパイLinkIcon 

第144回:「ハイドパーク覚書」をめぐってLinkIcon

第145回:鼻をつまんで1票LinkIcon

工藤茂(くどう・しげる)

1952年秋田県生まれ。
フリーランス編集者。
15歳より50歳ごろまで、山登りに親しむ。ときおりインターネットサイト「三好まき子の山の文庫」に執筆しているが、このところサボり気味。

工藤茂さんの<ある日の「山日記」から>が読めます。LinkIcon