いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第102回:原発ゼロの夢
机まわりを整理しようと、紙の束を分別したり、大型封筒に突っ込んだままの新聞記事などを引っ張り出してみた。そのなかに、まさに前回「10年前の事故直後、(中略)原発も撤退というような空気が流れた瞬間もあった」と記した当時のものがあったので紹介することにしたい。
「原発ゼロ 閣議決定回避」「米、外圧批判恐れ口止め」という見出しが並んだ1面トップの記事だ(『東京新聞』2012年10月20日付)。その関連記事が2、3面にもおかれていることからも、その重要性が窺われる。
当時は民主党政権だった。野田内閣は2011年9月から3次の改造を含み12年12月まで政権を担っているが、その第2次から3次にかけての時期にあたる。
2011年3月の福島第一原発の事故の2カ月後には、ドイツのメルケル首相は「今後10年以内の脱原発」を打ちだした。日本では頻繁に国会議事堂前や代々木公園で反原発集会が開かれ、「原発はやめて当然」という空気で満ちていた頃である。世論に押されるように野田内閣が提示したのが、「2030年代に原発ゼロを目指す」「核燃料サイクルは中長期的に維持する」という新戦略だった。
当初の「2030年までに原発ゼロ」が「2030年代に」と大幅に後退したうえに、「核燃料サイクル維持」である。これでは原発と核燃料サイクルが別物のように受け取られてしまう。
原発から出た使用済み燃料からウランとプルトニウムを抽出してMOX燃料に加工して再利用するのが「プルサーマル」で、「核燃料サイクル」のひとつの形である。したがって核燃料サイクルの維持は、原発の維持ということでもある。それなのに「原発ゼロ」と「核燃料サイクル維持」の2本立てになっていた。
記事によれば 2012年9月5日、藤崎一郎駐米大使は野田政権の上記新戦略をもって、米エネルギー省のポネマネン副長官、ライヨンズ次官補と協議を行い、翌日は国家安全保障会議(NSC)のフロマン補佐官とも面会した。
米側は協議のなかで、「日本がプルトニウムの蓄積を進めるならば、日米原子力協定を見直す必要がある」と、米側の配慮を踏みにじるのかと言わんばかりに協定の改定を示唆し、「原発ゼロ」の閣議決定見送りを求めた。
1955年に調印された日米原子力協定では、核保有国ではない日本に唯一核燃料サイクルを認め、88年の改定では一定の枠内で日本が自由に再処理を行うことを認めている。これが米側のいう配慮である。
この協議の結果をうけて、野田内閣は9月19日、「原発ゼロ」の閣議決定見送りを決め、「原発ゼロ法案」も棚上げにした。この協議の中身をスクープしたのが、『東京新聞』の記事だった。
矢部宏治『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社インターナショナル、2014年)はこの協議を厳しく批判する。エネルギー省は核兵器、原発推進派の牙城であり、そんなところに「原発ゼロ」計画を持ち込んだら潰されるのは当然という。
さらにこの協議の1週間後、野田首相の代理として大串博志内閣府大臣政務官が訪米し、エネルギー省のポネマネン副長官に面会し、プルトニウムを減らすことを強く迫られ、やむなく「プルサーマル発電の再開」を約束したという『毎日新聞』(2013 年6月25日付)の記事を紹介している。9月5日の協議が不調に終わり、説得のために野田首相代理の大串氏を急遽派遣し、さらに要求が上積みされてしまったということだ。
この『毎日新聞』の記事は自民党政権に変わってからのもので、経済産業省の幹部が茂木敏充経産相に提出した公文書を毎日新聞が入手し明らかになった。協議から8カ月後に公にされた密約で、この記事を探してみると、『東京新聞』の記事では「核燃サイクルの維持」となっていた部分が「核燃サイクルの推進」となっているほか、さらに「もんじゅは成果を確認したあと研究を終了する」とも説明している。
米側の懸念はプルトニウムの蓄積にあった。「原発ゼロ」で高速増殖炉の「もんじゅも停止」となればプルトニウムを燃やす施設がなくなり、プルトニウムが蓄積することになる。ポネマネン副長官は「軍事転用可能な状況を生み出してしまう」と安全保障上の懸念を指摘し、大串氏は「プルトニウムを軽水炉で燃やす計画は継続する」と約束した。これが「原発ゼロ」と「核燃サイクルの推進」が並ぶというおかしな結果になった経緯である。
また大串氏が答えた内容がプルサーマルを意味していることは明らかなのだが、公文書に「プルサーマル」の言葉はなく、大串氏も取材に「覚えていない」とはぐらかしている。アメリカは過去に何度かプルサーマルを試みているが、実験段階で中断したまま。日本ではすでに稼働していたが、福島第一原発の事故で中断していた。
およそ以上のような状況だが、すべてアメリカの意向で動いていることはよく理解できる。先の『東京新聞』の記事のなかで、日米同盟に詳しい琉球大学の我部政明教授は次のように解説する。
「核不拡散を掲げる米国にとって、日本は技術上も政策上も最も扱いやすく都合のいいパートナー。その日本が米との協議も経ず突如『原発ゼロ』を掲げた。日本独自の行動が、米の国益や理念を損なうのを恐れている」
今年の2月、立憲民主党の枝野幸男代表による「原発をやめるのは簡単じゃない」という発言が何度もテレビで流れた。当然民主党政権時のアメリカとのやり取りを念頭においての発言だろうと受けとめていたのだが、その真意について、のちにこんなことを語っている。
「原子力政策について、私は2013年以降言っていることはほとんど変わっていない。とにかく原発はやめる。政権とったらすぐにやめ始める。まずは廃炉をしても電力会社がつぶれないようにする。原発は電力会社の資産だが、廃炉が決まった瞬間に負債になる。すべての電力会社が債務超過になって倒産する。だから倒産しないような制度をつくらないといけない」(『朝日新聞 DIGITAL』2021年4月3日付)
そのとおりである。が、彼の念頭にアメリカがなかったことには驚いた。あからさにすべてを話せというのではない。少しくらい、アメリカの圧力の存在を匂わせてもよいではないか。いったい、どこまで本気なのであろうか。「原発ゼロ」など、アメリカとの交渉なしには1ミリも進まない。
2021年3月末現在、日本の電力各社が保有するプルトニウムは41,7トン。このうち約37トンが英仏で保管され、現地でMOX燃料に加工されている。国内ではプルサーマル発電が可能な原発は4基だが、これでは今後3年間でも海外分のプルトニウムのうち1.7トンしか減らせない。海外保管分のプルトニウムの消費にメドが立たないかぎり、青森県六ヶ所村の再処理工場が完成したところで、稼働させる必要もないという。電気事業連合会では2030年度までにプルサーマル発電12基を目標にしているが、原発の再稼働は進まず、プルトニウムの利用が進む見通しはないという(『東京新聞』2021年2月27日付)。
このプルトニウムを、アメリカも世界も、そして我が国も納得する形でゴミにする覚悟がないかぎり、「原発ゼロ」は実現しない。いまこの国には、そんな指導者が必要なのだ。それが望めないならば原発の新増設をへて、ながーい将来にわたって稼働しつづけ、ゴミを増やしつづけることになる。 (2021/04)
<2021.4.20>
六ヶ所村再処理工場(日本原燃株式会社HPより)