いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第64回:本当に築地市場を移転させるのか?
今回は東京都限定の話題になってしまうので、お断りしておきたい。
年が明けて1月5日、ぼんやりテレビを観ていたら築地市場の初セリの様子が紹介されていた。レポーターの「築地最後の初セリになります」という声が聞こえてきて、「あれ?」と思った。薄らぼんやりした頭では即座にその意味が理解できなかったのだ。
「じゃあ、来年はどうなるのだ?」と考え、「あ、そうか、豊洲かァ」という具合で、ようやく納得できたのだった。
そして、築地の初セリといえば「つきじ喜代村 すしざんまい」の木村清社長である。観るたびに思うが、やっぱり顔が大きい。押しが強そうで羨ましい。今年の一番マグロは、質をみてあえて買わなかったという。リポーターが社長にマイクを向ける。
「今年は移転があり、大変ですよね」
「まだ、液状化の問題とかがありますから、反対しなければいけない」
こう答えたところでカメラは慌ててスタジオに戻された。木村社長は移転に反対だったのだ。よくテレビに登場するので移転推進派とばかり思っていたが、認識を改めなくてはいけない。
ところで昨年12月20日、東京都の小池百合子知事は2018年10月に築地市場を豊洲へ移転することを発表した。予定では10月6日に現在の築地市場は閉場し、同月11日に豊洲市場が開場することになる。
そもそも豊洲市場は、舛添要一知事時代に2016年11月に開場と決定されていた。しかし同年8月に就任した小池知事は、汚染物質に対する安全性の検証の必要から、目前にして「いったん立ち止まる」と豊洲市場の開場、築地市場解体工事ともに延期した。
その後、土壌汚染対策として行われるはずだった盛り土が主要5棟でされておらず空洞となっていて、地下水がたまっていることなどが発覚し、開場は先延ばしにされた。そして昨年3月になると地下水から環境基準を大きくこえるベンゼンも検出される事態となった。
小池知事は「市場問題プロジェクトチーム」などを設置して安全対策評価報告書をまとめさせ、地下ピット室のコンクリート敷設工事や地下水管理システムの揚水機能強化、換気設備の整備などの追加対策工事を行うことを決定、工事業者の入札も難航の末に終え、昨年の暮れになってようやく移転時期の発表に漕ぎ着けたというわけである。
これによって、今年7月までに追加安全対策工事を済ませることになるが、豊洲市場内につくる予定の観光施設「千客万来」の見通しはまったく立っていない。築地跡地はオリンピック選手たちの輸送拠点となる駐車場として使用し、大会後は再開発される予定で、今年5月までにその構想をまとめるという(『東京新聞』2017年12月21付)。
また、小池知事の発表内容には「業界団体が開場日に合意した」とあるが、移転反対の立場の築地で働く女将さんたちの組織「築地女将さん会」の昨年12月20日の緊急声明は、「業界団体すべてから意見集約された事実はなく、移転日の強引な決定はおろか『移転』そのものにも疑問がある」という内容である。
2020年夏季東京オリンピック・パラリンピックに間に合わせるべく新国立競技場が建設中だが、神宮の森を守るために以前の競技場を改修して使用すべきという意見も強かった。作家の森まゆみ氏、建築エコノミストの森山高至氏などが中心となって大きな運動となっていた。ぼくなどはオリンピックそのものをボイコットしてもらいたいと願っているし、少なくとも2,500億円もかけてそんなものはつくる必要はないという立場から注目していたのだが、不意打ちのように旧国立競技場は取り壊され、姿を消してしまっていた。
新たな国立競技場のデザイン面の問題やオリンピックエンブレムのデザイン盗作問題などが注目を集めているどさくさに紛れて、解体工事がすすめられていたのだ。森まゆみ氏は「新国立競技場の暴走」という言葉を用いていたが、まさにそのとおりだった。これは2015年の出来事である。乱暴な話だが、解体されてしまったからには新たにつくるしかない。
築地移転問題は国立競技場問題とよく似ている。ただ豊洲市場の建物は完成しているが、幸いなことに築地市場はまだ営業を続けている。築地の問題でも建築エコノミストの森山氏は、はやくから市場建築としての豊洲市場の問題点について指摘し、ネット上に公開してきている。当然、築地は営業しながら部分ごとに造り替えることで充分対応できるという考えである。
森山氏の持論としては、築地市場は文化面からとらえなくてはならない、そして銀座とセットとなった築地の立地のよさを無視してはいけないというものである。森山氏のほかに、建築士の水谷[みずのや]和子氏、築地の仲卸業者で東京中央市場労働組合執行委員長の中澤誠氏ら3氏の発信に注目していると、この問題はほぼ理解できる。
森山氏のブログ「築地市場の豊洲移転が不可能な理由」は2016年6月から7月と少々古いが、おおいに参考になる。この続きはツイッターで随時発信しているが、多忙なゆえかなかなかまとめてもらえないようだ。
そこで森山氏が指摘している豊洲市場の問題点はつぎのようなものである。
1.トラックからの荷下ろし(小揚げ)、ひろげる、仕分け、詰め替え、運搬、セリ場という作業スペースは市場には不可欠なもので、大田区の青果市場、銚子市場、大阪市中央卸売市場、下関の唐子市場と比較するとわかるように、豊洲の作業スペースは明らかに狭い。とくに唐子市場は大空間で柱がないのに対し、豊洲では太い柱が林立している。
2.築地にやって来ているトレーラーの多くは横開き(ウィングボディ)だが、豊洲市場は閉鎖型施設のためトレーラーの後方から荷下ろしする仕様に設計されている。
3.築地は23ヘクタール、豊洲は40ヘクタールで、数字上は広くなっているが、豊洲は10ヘクタールごとに4つに分断されている。築地は青果部と魚介部が機能的につながり徒歩数十秒で移動できるが、豊洲では実質徒歩1時間も要することになる。
4.豊洲の床の積載荷重は700kg。ターレトラックと呼ばれる電動運搬車両は本体重量が930キログラム、積載量1トン、合計2トン。これが1日中2,000台以上もガンガン走り回ることになり、床が抜ける恐れがある。
5.ボーリング調査は、建築学会の提唱では15万平方メートルの豊洲では少なくとも150箇所で行うことになっているが、8箇所しか行われていない。しかも調査の必要のないところでも行われている。豊洲の地盤は軟弱で、強い揺れの地震がきたら耐えられない。
6.市場では発泡スチロールに入れた魚を冷やす氷が膨大に必要になる。築地では最大180トンの氷のストックが可能だが、豊洲では45トンにとどまる。
7.掃除に海水が使えない。築地では海水で床掃除をしているせいでボウフラ・小バエはほとんどわかないが、真水での掃除ではわく可能性がある。築地では普通にやっている活魚と海水を入れた大型の水槽の運搬が、海水がこぼれるのでできなくなる。
8.店舗スペースが狭すぎて、冷凍マグロを店舗内で切断しようにも切断機を置くスペースが確保できない。
これらに加えて、先の木村清社長とテリー伊藤氏の対談をネット上で読んだ(「Asagei plus」2018年2月9日付)。よく知られたことだが、伊藤氏の実家は築地場外市場の卵焼き店「丸武」である。
対談によれば、「丸武」も豊洲に移転するようだが、スペースが狭いうえにガスも電気も使えないという。結局築地で卵を焼いて豊洲に運ぶということかと憤っている。そして築地の跡地問題について問われた木村氏は、つぎのように答えている。
「大手企業も行政も、しっかり考えないといけない。目先に東京オリンピックがありますから、駐車場にしようという案が出ていますけど、そんなもの、他の場所でいくらでも作れます。場外市場のことも含めて、築地で生活する人たちのことまで頭にあるのか、疑わしいですよね」
およそこんな状態なのだが、都は使用者側の要望をほとんど聞くことなしにすすめてきたことが歴然としている。小池知事はマスメディアの報道を抑え、ネット上で毎日のように指摘されている問題点は人気ブロガーを取り込んで切り抜けようとしているようだ。それでは根本的な問題解決になるはずもなく、今年の夏ごろには大騒動になるのであろうか。
前の知事までなら「そんな報告は受けていなかった」で済むところもあるが、小池知事は問題が明らかになってから就任しているので、これまでの知事の責任をすべてひとりで背負い込むことになるという話もあるが、そんな状況を知った小池知事が側近を通じて「築地移転は不可能」との訴訟を打ってくれるよう複数の築地業者に打診してきたなんていう話まで飛び込んできた。いったいどんな画策をしているのであろうか。 (2018/02)
<2018.2.15>
築地場外市場(2014/01)<写真提供・筆者/以下同>
晴海から見た豊洲市場(2016/04)
豊洲ぐるり公園案内板(2017/09)