いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第88回:原発と裁判官
2014年5月、福井県おおい町にある関西電力大飯原発3、4号機の運転差し止め訴訟において、福井地方裁判所(樋口英明裁判長)は運転差し止めを言い渡した。これは2011年3月の福島第1原発事故以降、初めての運転差し止め判決だった。しかしながら2018年7月の控訴審において、名古屋高裁金沢支部(内藤正之裁判長)は1審判決を破棄し、逆転判決を言い渡した。その後、住民側は上告を断念したため、高裁判決が確定した。住民側は、最高裁での敗訴確定が他の原発訴訟に影響を与えることを恐れたのだという。最高裁まで争うことが、必ずしも得策ではないことを教えてもらった。
この訴訟の間、両原発とも定期検査のため運転を停止していたが、3号機は2018年3月から、4号機は同年5月から、判決確定前に再稼働している。
名古屋高裁金沢支部において1審判決を破棄させるために、最高裁(政府)は露骨な「再稼働推進人事」を行ってきた。つまり政府側に有利な判決を導くために、通常ではあり得ない裁判官の異動を行っているのだが、まさにいま官邸が検察人事に手を突っ込んだ件と同根のものである。
ところで、福井地方裁判所で運転差し止めを言い渡した樋口英明裁判長は、その後の左遷人事など、みずからの不利益を顧みることなく「原発No判決」を下したものだ。氏の当時の判決文には少なからず驚かされたものだが、若干紹介してみよう。
「たとえ本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流失や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失であると当裁判所は考える」
「原子力発電は経済活動の自由に属するが、憲法上、生命を守り、生活を維持する人格権の中核部分より劣位に置かれるべきもの」
退官後の樋口氏は、積極的にメディアの取材に応じたり講演を行ったりしているのだが、こういった明解な物言いは健在である。
2019年12月3日付『東京新聞』夕刊に、樋口氏へのインタビュー記事が掲載され、ほかに、ネット上の「MAG2NEWS」(同年12月20日付)掲載のジャーナリスト新恭[あらた きょう]氏の記事を読んだ。後者は、12月1日に兵庫県伊丹市で開催された「第8回 さようなら原発 1000人集会」での樋口氏の講演をまとめたものだが、おもにこの、新恭氏の記事を参考にする。
2011年3月11日、福島第1原発が受けた地震の強さ(加速度)は800ガルで、震度6強に相当する。火力発電所と電線でつながっている鉄塔が倒れ、外部電源が遮断されたうえ、地下の非常用電源は津波に襲われ、電源のすべてを失った。
ところが原発本体に偶然に起こった「ふたつの奇跡」によって、結果的に今回のような被害で済んでいるが、「被害は国の存亡にかかわるほど甚大」であってもおかしくなかったという。
ここにいう「ふたつの奇跡」とは何か。ひとつめは、水素爆発のせいで4号機の燃料貯蔵プールの底でむき出しになっていた1,000体を超える使用済み核燃料に、隣の原子炉ウェルから偶然水が流れ込んだこと。普段は原子炉ウェルには水はないのだが、たまたま工事の遅れで水があり、しかも偶然仕切りがずれたことによって流れるべきではない水が燃料貯蔵プールに流れ、プール内の燃料は冷やされて最悪の事態を回避できた。
ふたつめは、メルトダウンした2号機である。格納容器の中は蒸気で満たされ。大爆発寸前にまで圧力が高まっていたが、電源がなくてはベントを作動できない。3月15日には格納容器内の圧力が設計基準の2倍を超えた。吉田昌郎所長が、東日本壊滅が脳裏に浮かんだとのちに語った瞬間である。堅牢であるはずの格納容器のどこかに、あってはならない穴があり、そこから水蒸気が漏れていたのだ。とんでもない欠陥が功を奏したということである。
これらの奇跡のおかげで、国家の存亡にかかわるほど甚大になるはずだった被害を、偶然回避できたのである。
住宅メーカーが設定している耐震設計基準(地震の加速度)は、三井ホームが5,000ガル、住友林業は3,406ガルだという。これに対して、大飯原発の耐震設計基準は当初405ガルだったが、訴訟判決直前に700ガルに改められたという。原発よりも住宅のほうが、桁違いにしっかり造られているということになるのだが、何かがおかしいのではないか。
さらに樋口氏は「原発は被害がでかいうえ、発生確率がものすごく高い」とも指摘する。2000年以降、震度6強(800ガル)以上の地震は12回起きている。そのうち、最強の地震は東北地方太平洋沖地震(2011年3月11日)、熊本地震(2016年4月14日/1,740ガル)、北海道胆振東部地震(2018年9月6日/1,796ガル)の3回である。
講演では東北地方太平洋沖地震の最大加速度(ガル)について触れていないようだが、ぼくが調べた数値は2,933.7ガル(宮城県栗原市築館)である。
要するに、震度6強(800ガル)以上の地震は、いつどこで起きても不思議ではなく、なかでも20年に3回程度は、相当大きな地震が発生するということだ。にもかかわらず関西電力側は、「大飯原発の敷地に限っては700ガル以上の地震はきません」と、専門家を連れてきて言わせたという。
樋口氏はこのような有様について、「”死に至る病“を日本は抱えているんです」と述べ、次のように続けている。
「3.11の後、原発を止めたのは私と大津地裁の山本善彦裁判長だけ。二人だけが原発の本当の危険性をわかっていた。ほかの人はわからなかった。それだけのことです」
樋口氏は「わかっていた」と表現しているが、このふたりの裁判官は「なんだ、これは?」と思い、懸命に調べたはずである。他の多くの裁判官たちは何も感じなかったか、深入りを避けた、ということであろう。
次は新氏のまとめである。
「原発はどこも400ガルとか700ガルといった低い耐震基準でつくられているが、いまや日本列島全体が、それを上回る強さの揺れの頻発する地震活動期に入っている。にもかかわらず、経産省・資源エネルギー庁シンドロームにおかされた政府は、電源構成に占める原発の割合を20〜22%まで復活させるプランを捨てていない」
もちろん、使用済み核燃料の処理方法など未解決の課題はすべて先送りである。
そんな状態なのだが、今年1月12日、四国電力伊方原発3号機で、制御棒1体が誤って約7時間引き抜かれたことがあった。続いて20日には燃料が正しく挿入されなかったり、2月に入って、一時外部電源が遮断されて核燃料プールの冷却が43分間停止、さらに、日本電源敦賀原発2号機では地質データの書き換えなど、相次いで発覚している。ぼくには、”死に至る病“は悪化の一途を辿っているようにしか思えないのだ。
我々は覚悟しなくてはならない。東北地方太平洋沖地震と同等の地震(M9.0、最大震度7)が起きたら、おそらく日本列島の半分は放射能にまみれることになる。 (2020/02)
<2020.2.19>
四国電力伊方原子力発電所(資源エネルギー庁HPより)