いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第108回:当たり前の政治
9月30日、フランス、パリの裁判所は、サルコジ元大統領に対して禁固1年の実刑判決を言い渡し、被告側は即日控訴した。2011年の大統領選の際に、収支報告書を偽造するなどして、法定上限の2倍近い4,280万ユーロ(約55億円)の資金を調達していた疑惑である。サルコジ氏は2007年の大統領選に関連する疑惑でも実刑判決を受けて控訴中で、今回で2度目の実刑判決となる(『東京新聞』2021年10月1日付)。
10月9日、オーストリアのクルツ首相が辞意を表明した。2016〜18年にかけて報道機関に公金を支出し、世論調査を改竄させた疑惑で検察が捜査に着手したことをうけたものだ。
また2020年7月の本欄でも記したが、「韓国というのは、大統領が退任すると、みんな司直の手に委ねられることになるんですよ」とは、自民党の新藤義孝衆議院議員のBS-TVの報道番組での言葉だが、日本のほうがおかしいことは承知のうえでのものだ。日本では首相経験者の逮捕は少なく、1948年の昭和電工事件での芦田均氏、1976年のロッキード事件の田中角栄氏程度であろうか。
10月4日、岸田文雄新政権がスタートした。総裁選に突入した頃、岸田氏は「いま、民主主義の危機にある」と強い危機感をあらわにし、安倍晋三元首相による森友問題の再調査の必要性をちらつかせたが、数日後には「すでに行政において調査が行われ、報告書も出されている。再調査は考えていない」とあっさり覆してしまった。当然、加計学園、桜を見る会、1億5,000万円の選挙資金の疑惑も同様である。これではすべて闇に葬られてしまう。いま注目の矢野康治事務次官が、「このままではいかん!」と森友関連文書の開示に踏み切ったなら痛快なのだが。
ついでながら、菅義偉政権による日本学術会議の件は撤回するものと思っていたのだが、こちらも「任命拒否の撤回はしない」と早々に明言してしまった。どう考えても撤回したほうが得策だったと思われるが、判断を誤ったように思えてならない。今年のノーベル物理学賞に決定した真鍋淑郎氏が、「日本では、科学者が政策を決める人に助言する方法、つまり、両者の間のチャンネルが互いに通じ合っていない」と語っていたが、学術会議の問題とも通底するように思う。岸田首相は真鍋氏の受賞を喜んでいたが、日本は二重国籍を認めないため、真鍋氏は米国籍を選択している。
岸田氏は自民党のなかでもハト派、比較的リベラルといわれる宏池会会長である。にもかかわらずこの体たらく。宏池会のあるOBによると、「(宏池会は)常に権力者の側に付く。それがお公家集団の伝統なのです」ということらしい(「エコノミストOnline」同年9月29日付)。海外メディアは岸田氏について、「ミスター現状維持」と報じたという。岸田新首相には初めから期待するものはなかったが、これではあまりにも絶望的である。
さて10月14日に衆議院解散、31日投票という。予想されていた日程よりも1〜2週間も前倒しでの表明なので、永田町も困惑気味だ。バケの皮が剥がれる前に解散という思惑のようだが、ご本人の地元からは即座に反発が起きた。
先にあげた1億5,000万円というのは、安倍政権時代に参議院広島選挙区に立候補した河井案里陣営に自民党から渡された金だが、買収資金として使われた疑惑がある。自民党総裁だった安倍氏抜きでは動かせないほどの金額である。岸田氏はその金が動いた経緯を明らかにするなど、安倍氏を敵に回すようなことはできないのでその件には触れず、甘利明幹事長が再調査なしを断言した。それに対して10月5日、岸田氏の地元である自民党広島県連幹部が、「広島県民や国民は納得していない」と岸田首相に直訴。そんな疑惑を抱えたままの衆院選では、落選者続出しかねないという。かくして岸田氏は安倍氏と広島県連との板挟みとなっているという(『日刊ゲンダイDIGITAL』同年10月8日付)。
10月6日に発表された共同通信の世論調査によると、内閣支持率は55.7%、不支持率は23.7%。ただ、安倍・菅政権の路線を転換すべきという回答が69.7%、森友問題を再調査すべきが62.8%に達している。
正直のところ、それほど路線転換や再調査を求めているのであれば、支持率はもっと低く、不支持率はもっと高くてもよいはずなのだが、質問内容や出し方によってちぐはぐな結果となっているように思える。それでもこの結果から、冒頭にあげた国々のような当たり前の政治を望んでいることは明白だろう。負の遺産をズルズルと引きずったままでは信頼しようがないのだ。
ここにきて自民党幹事長に起用した甘利氏について、過去の疑惑が蒸し返されたり新たな疑惑も出てきているが、岸田首相は数々の疑惑を抱えたまま総選挙に突入し、審判を仰ぐつもりのようだ。自民党がどの程度票を減らすかが注目点となる。
正直のところ、先の総裁選の際に黒幕といわれた面々が再選され、堂々と胸を張って国会にやって来る姿は見たくない。しかし、そんな望みは叶えられないだろう。これまでもそうだったし、これからもそうなのかもしれない。
少しでもまともな政治家を国会に送るためには、地盤や資金面で世襲議員候補に有利なしくみなど真っ先に改めなくてはならないのだが、いつまでもそのスタート地点にさえ立てないままだ。多くの有権者の意識が変わらない限り、この状態は続く。はやく日本の政治を大きく変えなくてはならないのだ。
政治評論家の森田実氏は今回の衆院選を「かいらい政権審判選挙」名付けたうえで、次のように述べている(『東京新聞』同年10月5日付)。
「今回の争点は一点に尽きる。2012年以降の安倍政治を肯定するか否かだ。政治腐敗を国民は許せるのか。問われているのは国民自身だ」 (2021/10)
<2021.10.15>
#投票倍増委員会ツイッターより
同上