いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第71回:日米地位協定と沖縄県知事選挙
この7月27日、札幌で開催された全国知事会議にて、全国知事会(会長・上田清司埼玉県知事)は、日米地位協定の抜本的改定を含む「米軍基地負担に関する提言」を全会一致で採択した。沖縄県の翁長雄志[おなが たけし]知事(当時。以下同)の要望により2年前に設けられた「全国知事会米軍基地負担に関する研究会」の調査結果や、沖縄県による改定案を踏まえた内容となった。沖縄県からは翁長知事の代理として謝花喜一郎副知事が出席した(『琉球新報』2018年7月28日付)。
昨年11月にアメリカのトランプ大統領が来日したが、大統領専用機が降り立ったのは米軍横田基地であり、真っ先に行ったのは米軍関係者を前にしてのスピーチだった。日本政府関係者への挨拶は、大統領専用ヘリコプターで埼玉県川越市内のゴルフ場へ移動してからのことだった。
1974年11月のフォード大統領来日以来すべての現職大統領が来日しているが、米軍基地に降り立ったのは前代未聞のことだった。これまでの大統領は日本の主権を侵す行為であることに考慮して羽田空港から入ったが、トランプ大統領にはそのような配慮はなく、安倍政権も当然のこととして受け入れた。1945年8月、連合国軍最高司令官マッカーサーが厚木飛行場に降り立ったときから73年、アメリカと日本の関係はなんら変わっていなかった。
米軍関係者は、海外から在日米軍施設への入出国は自由である。日米地位協定によって日常的に行われている処置だが、われわれの目に触れないところでの出来事ゆえ気にすることもない。しかし、大統領が堂々と行えば大騒ぎになるかと思いきや、そうでもなかった。普通のこととしてテレビで伝えられ、受け止める側もそのまま受け入れた。
全国知事会を動かしたのは、米軍のオスプレイの訓練ルートが日本全体にひろがったことが大きく影響している。昨年2月、陸上自衛隊木更津駐屯地が米軍のオスプレイの定期整備拠点となったのをはじめとして、今年10月からは米軍横田基地にオスプレイ5機を配備するとの通告があったことを防衛省・外務省が発表した。日本政府に対して一方的に通告するだけ、オスプレイや軍用機の運用に関しては日本の航空法をはじめ一切の規制を受けることもない。沖縄県のように米軍のやりたい放題にされることを他の都道府県も恐れたのだ。
2013年1月、沖縄県の米軍普天間基地へのオスプレイ配備をめぐって、140名の沖縄の代表団が上京して安倍首相に「建白書」を提出したことがあった。当時自民党に籍をおき、那覇市長だった翁長氏は代表団の共同代表として先頭に立ち、つぎのように訴えた。
「沖縄県民は目覚めた。日本に復帰しても基地を押しつけられ、基本的人権は踏みにじられ、今回のオスプレイ強行配備に怒りは頂点だ。米軍基地は経済発展の最大の阻害要因。安倍首相は日本を取り戻すというが、この中に沖縄は入っているのか。沖縄には今まで通り、日米同盟、日本の安全保障のほとんどを押しつけておいて、日本を取り戻すことはできない。今、大きな事故が発生したら(日米安保は)吹っ飛んでしまう。日本国民全体で考えるべきだ。残念ながら、私はあらためてこう言いたい。沖縄が日本に甘えているのでしょうか。日本が沖縄に甘えているのでしょうか」(『沖縄タイムス』2013年1月28日付)
「日本政府は沖縄をどうするつもりか」という魂の叫びであり、「イデオロギーではなくアイデンティティー」だった。これが県経済界のかりゆしグループや金秀グループを巻き込んでの「オール沖縄会議」のうねりとなり、2014年11月、翁長沖縄県知事誕生へと導いた。
そして札幌で全国知事会議が開催された2018年7月27日、翁長知事は沖縄県庁で臨時会見を開き、前知事による辺野古新基地建設にともなう大浦湾埋め立て承認の撤回手続きに入る方針を表明した。6月の段階で政府から8月17日の土砂投入が通知されていたため、それまでに本格的な工事着手を阻止するためだった。
「(翁長知事は)朝鮮半島の非核化と緊張緩和への努力が続けられていると指摘した上で『二十年以上も前に決定された新基地建設を見直すこともなく、強引に推し進めようとしている。平和を求める大きな流れから取り残されているのではないか』と政府を批判した」(『東京新聞』同年7月28日付)
膵臓がんで痩せ細ってしまった身体から声を絞り出すような、命を賭した会見だったが、12日後の8月8日夜には死去が報じられた。自らの撤回表明も願い叶わず、27日が最後の会見となった。
翁長知事の死に関してもっとも興味深かったのが、海外での反応が思いのほか大きかったことだ。ゴルバチョフ元ソ連大統領からは丁重なメッセージが寄せられた。沖縄の状況を世界に訴えなければという思いからの翁長知事の行動だったが、海外のメディアや首脳たちは、日米両国政府を相手に奮闘する姿を見守ってくれていたのである。
8月31日、沖縄県は翁長知事の遺志にしたがい埋め立て承認を撤回した。県が取りうる最大で最終的な手段ともいわれたが、政府が県職員ひとりひとりに対して工事中断にともなう損害賠償を求めるという異例の措置をちらつかるなかでのことである。撤回をうけて工事は中断し、政府は法的対抗措置をとることを明らかにした。
『東京新聞』(同年9月1日付)の承認撤回を報じた記事の小見出しには「知事選控え国と対決」とあった。11月の予定だった沖縄県知事選挙は2カ月繰り上げられ、9月30日に投開票の予定である。自民党・公明党擁立の佐喜真敦前宜野湾市長と翁長知事の後継とされる自由党所属の玉城デニー前衆議院議員の事実上の一騎打ちとなった。
米軍基地問題に関して、佐喜真氏は米軍普天間基地閉鎖と日米地位協定の改定を挙げ、辺野古新基地問題には触れない。片や玉城氏は普天間基地閉鎖、新基地反対、日米地位協定の改定を掲げている。日米地位協定の改定は双方の公約にあるから争点にはならないかといえば、そう簡単ではない。佐喜真氏の発言は安倍首相によく似て、映像として残っていることでも否定するという一面があって信頼に欠ける。そういう意味では玉城氏の発言は一貫しているし、民意は圧倒的に玉城氏側にあるといっていいだろう。
ただそれも平時のことである。選挙になれば別の力学によってねじ曲げられてしまうことがある。今回は「安倍政権対オール沖縄」の県知事選挙といわれるが、支援団体の問題がある。 翁長知事の支援団体の「オール沖縄」が玉城氏を支援しているのだが、その一翼をになってきた「かりゆしグループ」が公示直前になって自主投票へと転じ、翁長氏が当選したときの知事選(2014年)では、新基地反対の立場から自主投票だった公明党が佐喜真氏支援にまわってしまった。公明党沖縄県本部は新基地反対の立場だが、佐喜真氏がその問題に触れないことを条件にしたものである。さらに自民党幹部も入れ替り沖縄に入るし、竹下亘総務会長にいたっては選挙中は沖縄に常駐という。
ネット上には、3,000〜5,000人規模の創価学会員が沖縄に入ったとの情報がある。彼らに課せられた任務は学会員の有権者たちを期日前投票に連れていくこと。その結果を自公陣営有利にもっていく仕組みはいまひとつ納得できないが、勝敗に直結するのだという。彼らの「期日前対策」は万全で、すでに2歩も3歩もリードしているそうだ。沖縄県の公明票は10万8,000票ともいわれる。その数字が佐喜真氏に流れるのであろうか。暗澹たる想いで県知事選の行方をみている。
2016年12月、ロシアのプーチン大統領は『読売新聞』による来日直前のインタビューのなかでこんな話をしている。これは、政治学者の白井聡氏がネット上で紹介している意訳である。
「日本は日米同盟に縛られている。それはわかるが、独立国家でありたいという気持ちを少しでももっているのかね。どうやらもっていないみたいだけど、そんな国とは真面目に話はできない。中国は独立国家たらんとしている。そういう国とは真面目に話す」
アメリカは日本列島全体を、アジアやロシアに向けての軍事戦略基地にしたいのであろうが、それは避けなくてはならない。辺野古に限らず日本のどこにも新たな米軍基地をつくらせてはいけないし、地上イージスも不要だ。沖縄の基地を本土に引き受けるという運動もあるが、それも本土に新たな基地をつくることになる。そういった動きには同調しない。普天間基地をふくむ米軍基地をひとつずつ減らすこと、それと日米地位協定改定を並行してすすめることである。そして自衛隊の増強ではなく、本欄「61.核の傘」でも触れた「北東アジア非核兵器地帯」構想に真剣に向き合う必要がある。
少なくとも他国に制空権を抑えられているような現状や、高額な武器を押しつけられたり、第三国と交渉するのに顔色を窺わなくてはならないような、北朝鮮から「なぜ日本は直接言ってこないのか」と言われるような、アメリカとのそんな関係は改めなくてはならない。
翁長氏も玉城氏も日米同盟は必要だと言っていたが、その真意がぼくにはまだ理解できていない。日米同盟は必要だという国民が80%になるという世論調査結果もあるが、それはつくられたデータではないだろうか。疑惑をのこすようなデータでは議論を妨げることになる。
沖縄県知事選挙は日本の民主主義に直結する選挙で、国内でも関心は低くはないが、海外のメディアもそのとおりで、フランスの「ル・モンド」やドイツの国営放送局などが玉城氏にインタビューにやって来たという。とりあえず玉城デニー氏の健闘を祈ることにしたい。 (2018/09)
<2018.9.19>
翁長知事死去を報じる『ル・モンド』紙面(2018年8月11日付、ネット上より)
沖縄県2紙と『朝日新聞』(2018年6月2日付)掲載の沖縄意見広告