いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第134回:ドイツの苦悩
イスラム組織「ハマス」によるイスラエルへの奇襲攻撃から、すでに2カ月以上も過ぎた。パレスチナ自治区ガザに対するイスラエル軍の攻撃は、11月24日から7日間の休戦をはさみ、12月1日から再開された。イスラエル軍は多数の住民の避難先である南部への地上侵攻を拡大し、ガザ保健当局の発表では、戦闘開始以降の死者は1万8,000人を超え、そのほとんどが子どもと女性だという。他方イスラエル側の死者数は1,200人以上とされている。
ハマスによる攻撃が始まった当初は、ハマスにはテロリストのレッテルが貼られ、報道もイスラエル支持があふれていた。しかし、イスラエルによる報復攻撃が始まり、それがより過激なものになっていくにつれテロ組織とは呼ばれなくなり、多くの国でイスラエルに対する抗議デモが行われるようになっていった。
イスラエルのネタニヤフ首相は、国際的な停戦圧力にも屈することなくハマス殲滅を目標に邁進しているが、実質ガザの壊滅、パレスチナ人の民族浄化を目指しているように思えてならない。
各国の立場も微妙だ。
12月8日、国連憲章99条に基づき、グテレス事務総長が「人道的な大惨事の回避」を要請して安全保障理事会が開催された。ガザでの即時停戦とすべての人質の解放を求める決議案が提出されたが、常任・非常任15の理事国のうち日本やフランス、中国、ロシアなど13カ国が賛成し、英国は棄権、アメリカは拒否権を行使し否決された。
ロシアのウクライナ侵攻を非難するアメリカが、イスラエルの侵攻・虐殺は支持し、ネタニヤフ首相は「アメリカは正しい姿勢を示した」と高く評価した。
さらにアメリカのバイデン大統領は12月9日、イスラエルに対して戦車用の砲弾など1億650万ドル(約154億円)相当の武器売却を、民主党の重鎮議員の反対を押し切り議会の承認もなしに強行するなど、イスラエル支持に固執する姿は異様だ。
こうしたなかで、第二次世界大戦中のナチス政権によるホロコーストという歴史をもつドイツが気になっていた。現在ドイツは国連の安全保障理事国からはずれていて、先のような採決に加わる機会はないが、政府の立場は厳しい。
10月12日、ハマスによるイスラエルへの奇襲攻撃から5日後のことである。ドイツ連邦議会でオラフ・ショルツ首相は「我々はイスラエルの側に立つ。イスラエルの安全を守ることはドイツの国是だ」と述べ、その5日後の17日にはイスラエルを訪ね、ネタニヤフ首相に直接その思いを伝えている。
さらに12月7日夜(現地時間)、ベルリンで行われたユダヤ教の祭り「ハヌカ」に、ユダヤ教の帽子キッパを着けたショルツ首相が出席し、巨大な燭台に献灯し、次のようなスピーチを行っている(「BBC NEWS」2023年12月8日付)。
「ユダヤ人はドイツ社会にとって切り離すことのできない一部だ。ドイツに住むユダヤ系住民が、自分たちの宗教や文化の表現を恐れるなどあってはならないことだ」
少しさかのぼるが11月6日夜、BS-TBS「報道特集」にて、「イスラエル支持は”国是”、黒歴史を背負うドイツの本音」という放送があったようだ。「TBS NEWS DIG」のサイトには、その詳しい紹介記事がある。
ゲストの日本在住の翻訳家・エッセイスト、マライ・メントライン氏(ドイツ北部キールの生まれ)は、「ドイツの歴史のなかでも、ホロコーストはいちばんの黒歴史」と明確に述べている。
戦後、その贖罪のためにイスラエル擁護を国是とすると同時に、ナチスに対する批判的な歴史教育が徹底的に行われてきた。同氏も歴史の授業で1年間かけて第二次世界大戦を学び、国語の授業ではアンネ・フランクを全部読んでみんなで話し合った経験があるという。
第二次世界大戦中に何が起きたのか、なぜそうなってしまったのかを学ぶが、単にナチスが悪かったでは不充分で、国民がなぜそれを許してしまったのかへと突き詰める。ナチスは戻ってはこないかもしれないが、反ユダヤの思想は戻ってくる可能性があるので、それを見抜く知識を身につけるためだ。
ドイツの基本法第1条には「人間の尊厳不可侵である。これを尊重して保護することがすべての国家権力の義務である」とあるが、”人権”を第一に捉えることもホロコーストへの反省からきているという。
イスラエル擁護、支持がドイツの国是とされているが、その意味合いは政権によって異なるという。前首相アンゲラ・メルケル氏もイスラエルを守るのが国是という言い方をしていたが、「イスラエルがやることすべて支持かといえば、そんなことない」とやんわりと話していたという。だが、ショルツ政権は何があってもイスラエル側に立つと明言すると同時に、今回のハマスの行動をテロと言い切って各ユダヤ人団体から称賛された。
ショルツ政権はパレスチナ支持の表明を禁止しているが、イスラエル側による過激な攻撃でガザの民間人犠牲者が増えるにしたがって、政府の姿勢に反発する声もあがっている。ドイツ各地で大規模な街頭デモも行われ、放水車を投入して取り締まる警察との衝突も起きている。さらにドイツ在住ユダヤ人からの反発まである。ネタニヤフ右派連立政権を、すべてのユダヤ人が支持しているわけではないのだ。
言論・表現の自由は保証されているが、ホロコーストはなかったという歴史修正主義や、ユダヤ人排斥の主張は禁じられ、反ユダヤに抵触する発言には慎重にならざるを得ない。多くの市民も困惑している。ナチスの話はもう結構という層もなくはない。したがって現在のドイツ社会に反ユダヤ主義がまったくないかといえば、そうともいえないともいう。
番組ではドイツで街頭インタビューを行ったところ、25人に申し入れて、答えてくれたひとは9人にすぎなかった。質問がイスラエルとパレスチナのこととわかると多くのひとは回答を避けた。
『南ドイツ新聞』トーマス・ハーン記者は次のように述べている。
「ドイツ社会は反ユダヤ主義のテーマになると、とてもセンシティブだ。イスラエルについては自由に話すことができるが、彼らがユダヤ人だからといってユダヤ人を破壊することへの弁護は一線を越えてはいけない部分だ。反ユダヤ主義者だと言われてしまうことが簡単に起こりうる。そんなつもりではなかったとしても、ただの不注意だとしても」
メントライン氏も「発言は難しいです。今日、私も冷や汗をかきながら話している部分もあります。ドイツのなかの反ユダヤ主義はいろんな方向からきている」と述べている。さらに、ドイツのなかにはいまだに反ユダヤ主義は残っていて、ユダヤ人は不当な方法でものを入手していると思うかという質問があれば、そう思う、ややそう思うを含めれば3割におよぶという。
記事の締めくくりを次のようにまとめている。
「ネタニヤフ政権が強硬な姿勢を続ければ続けるほど、”反ユダヤ主義”が頭をもたげる可能性が高くなることは間違いなさそうだ」
ところで、ドイツ公共放送ARDが10月下旬から11月上旬に行った調査がある(「НHK国際ニュースナビ――揺れるドイツ」同年12月1日付)。市民の犠牲を伴うイスラエルの軍事行動についての意見を聞いたところ、「正当化できない」61%、「正当化できる」25%、「わからない・無回答」14%という結果である。
シュルツ首相はどこまでもイスラエルを擁護し続けるかどうか、いずれ難しい判断が迫られるのではなかろうか。ネタニヤフ首相の描く青写真では、いずれパレスチナのひとびとをシナイ半島の砂漠へと放逐し、パレスチナ全土を領有するつもりのようである。 (2023/12)
<2023.12.15>
メルケル首相と副首相・財務大臣に就任した当時のショルツ氏(2018年3 月14日/Wikipediaより)