いま、思うこと〜提言・直言・雑感〜 工藤茂
第72回:沖縄県知事選挙を終えて
2018年9月30日、沖縄県知事選挙が終わった。さまざまな情報が錯綜し最後の瞬間まで読めない選挙戦だった。開票と同時に当選確実が出るのかとじりじりさせられたが、9時半に玉城デニー氏の当確が出そろって、ようやく安堵することができた。
ぼくは焼酎のお湯割りを呑みながら、玉城候補が詰めている会場からの中継をパソコンで眺めていたのだった。ところが現地、沖縄の辺野古ではとんでもない状態だった。
三上智恵氏のブログ(2018年10月3日)による。台風24号による25万戸にのぼる停電の影響で、文子おばあと三上氏らは知人の名護市議の事務所に集まり、用意された自家発電機によってようやくテレビを見られたという。しかもアンテナが倒れて受信状態が悪く、もちろんパソコンもままならず、「開票の夜はえらく情報過疎だった」と記していた。
数日後にこの事実を知って、申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまった。文子おばあは89歳。4年前からキャンプ・シュワブのゲート前に連日通ってきているが、4年後の知事選などみえるわけがない。この知事選にかけるしかないのだ。これは文子おばあの言葉だ。
「相手候補の方は菅とか、小泉の息子さんとか、あれだけ政府丸抱えで札束で顔を叩いて。うちなーんちゅはこんなのに屈してはいけないんだよ。(中略)でもね、心まで渡すことはないの。そこが心配」
しかし大勝利だった。2番手の佐喜真氏に8万票もの差をつけての圧勝。過去最多得票数という。パソコンのモニターでは玉城氏たちがカチャーシーを踊っていた。インタビューでは「辺野古に新基地をつくらせないという誓いを、しっかりとぶれずに、全うしたい」と歯切れがよかったが、まさに新基地反対を前面に出して闘った選挙だった。沖縄県民の強い意志である。結果を知って文子おばあが洩らしたひと言。
「うちなーんちゅは心をひとつにしたんだから、もう政府には踏みつけにされないだろうと私は思っている」
全国的にも関心は高く、『読売新聞』web版(2018年10月4日付)の世論調査によれば、玉城氏の当選を63%が「評価する」、「評価しない」は24%で、安倍政権にとっては苦々しい結果であると同時に、辺野古の問題も国民全体の関心事となっていることが実感できた。
当選直後のこと、「日本政府など相手にせずに、アメリカに直接行ったほうがよい」という声も聞こえてきた。玉城氏が立候補を決意したとき、「アメリカの血が私には2分の1流れている。だから私の言うことは半分聞いて頂く。残りの半分は日本政府に聞かせる」とインタビューに答えている(「田中龍作ジャーナル」同年8月20日付)。この発言がアメリカ側に伝わったのかどうかは知らないが、『ニューヨーク・タイムズ』はかなり早い時期に「アメリカ海兵隊の父と日本人の母をもつ息子が知事に立候補」とリポートを掲載した。そして当選時には「日本で最も貧しい市民に、不公平で不必要な危険な負担だけを押しつけることはできない。安倍首相と米軍の司令官は不公平な解決策を見いだすべきだ」(『ニューヨーク・タイムズ』社説)と伝えている。「日本で最も貧しい市民」という表現は気になるが、沖縄県を指している。
これに関連するが、『沖縄タイムス』web版(同年10月11日付)は、当選直後の切迫したアメリカ政府内部の様子を伝えている。「米時間9月30日午前8時過ぎ、米国務省内で日本メディアに対する取材対応への注意が飛んだ」。以下、国務省日本担当者の発言を要約する。名護市長選、沖縄市長選とも、日本政府推薦の候補者が勝った。しかし、今回は日本政府の予想通りにはならず、しかも「こんな大差になるなんて」と、日本政府への不信感をあらわにしたという。
さらに国務省は表向き「玉城氏の勝利を祝する」というコメントを発表したが、玉城氏の父親が元米兵であることから今後の対応を決めかねているという。米兵は国のために戦った「ヒーロー」であり、家族も準じた扱いを受ける。冷遇すれば国内の退役軍人組織の反発を招くことがあるという事情があるのだ。2015年5月、衆議院議員だった玉城氏は、当時の翁長知事の親書を携えワシントンを訪れたことがあったが、アメリカの議員たちに警戒されたという。
『琉球新報』(同年10月5日付)もアメリカ側の動きを伝えている。米政府関係者は辺野古移設の堅持を維持しつつも、玉城氏の大勝を「驚き」と受け止めている。ジョージ・ワシントン大学のマイク・モチヅキ氏は「安倍政権が工事を強行すれば、県民の怒りはいっそう高まる。玉城氏訪米の際には、国務省、国防省は建設的な対話に向けて歓迎すべき」と指摘し、シーラ・スミス外交問題評議会上級研究員は「日米同盟は県民感情の理解に注意を払うべき。私たちは選挙結果に敬意を表すべき」とした。アーミテージ元国務副長官は「新知事は日本政府と話し合いたいとしている。アメリカは沖縄と日本政府のサンドイッチになりたくない」と、完全に逃げの姿勢をみせている。
安倍首相があまり時間をおかずに玉城氏と会ったことも、アメリカからの指示ではないかと思えてくるが、玉城氏は日本政府、アメリカ政府、沖縄県による3者協議を申し入れたが、首相からは反応がなかった。形だけの会談にしたかったようだ。
玉城氏のホームページには、次のように記されている。「海兵隊普天間基地の早期閉鎖と辺野古基地の断念、過重な負担を軽減するための在沖米軍の整理縮小、県外国外への移転、(中略)日米地位協定の抜本的見直しに引き続き取り組みます」。これは10月16日の沖縄県議会で所信表明でも繰り返し述べているので、まったくぶれていない。
選挙結果、そして米軍基地が沖縄県に集中している現実を踏まえれば、日本政府としては普天間基地の閉鎖、辺野古新基地は沖縄県以外を選択肢として考えるのが当然である。しかし、政府は中断された工事再開に向けて承認撤回の効力停止を申し立てた。3者協議の申し入れに対する返答もなしに、いきなりである。
これは、申し立ては防衛省、審査は国交省と、同じ政府内で行うもので、安倍政権はこんな茶番劇を堂々とやる。いずれ法廷闘争に入るが、司法は政府のこんなやり方を許してはならない。当選却下しなくてはならないのだが、司法も一体となった安倍政権ではそうはならないだろう。
アメリカ側の警戒や動揺を、どうにかうまく利用できないものだろうか。最近、マティス国防長官辞任の可能性という報道があった。マティス国防長官が抜けたら、トランプ政権には沈着冷静に判断し発言ができる閣僚は皆無ではなかろうか。もしいまの日本に沈着冷静なリーダーがいるならば、こんなチャンスはない。「おもいやり予算」の廃止、アメリカの武器は最小限度の購入に留めると通告する。トランプ大統領は言うだろう。「結構、それなら金のかかる在日米軍基地はすべて引き揚げる。あとは勝手にしろ!」。こんな展開は考えられないだろうか。もちろん日米安保条約・日米地位協定は、見直しではなく破棄である。もっとも、その後の日本の防衛、外交政策について、憲法問題も含めて日本国内での大論議になるだろうが、沈着冷静なリーダーによってうまくまとまるにちがいない。
こんな夢のようなことを考えてしまったが、東京大学大学院教授高橋哲哉氏がもう少し現実的なことを述べていた。
「沖縄にこれ以上、米軍基地を押しつけておくことはできない。安保条約がある限り、ヤマトに引き取るしかない、と考えています。(中略)でも、ヤマトの自治体がどこも引き取りを拒んだら? みながみな米軍基地はいらないとなれば、安保そのものを見直す、という選択肢が出てくる。引き取りますか? 見直しますか? ヤマトの多数派への問いかけでもあるのです」(『朝日新聞』web版、同年10月14日付)
これにしても安倍晋三首相ではあり得ないことで、相当肝の据わったリーダーが必要であることはいうまでもない。鳩山由紀夫政権のやろうとした方向でよかったのだが、首相本人の覚悟に加え、党内の意思統一も準備も不充分だった。
今回の知事選の救いは、全国調査で6割以上のひとが、玉城氏の当選を評価していることである。これをうけて野党議員でつくる「沖縄等米軍基地問題議員懇談会」は政府へ対抗措置の撤回を申し入れている。工事を強行すれば、県民のみならず国民の怒りはいっそう高まることを政府は覚悟しなくてはならない。それはアメリカにも向かう。翁長前知事の訪米の際は日本政府がアメリカ側に相手にしないように要望していたというが、今度は米軍人の息子である。そんな冷たい要求には従えまい。
われわれは、いまの日本において民主主義のよい見本をみせてくれている沖縄県に感謝しなくてはならないし、もっと多くを学ばなくてはならないのだろう。 (2018/10)
<2018.10.22>
国会包囲ヒューマンチェーン「止めよう!辺野古新基地建設 許すな!日本政府による沖縄の民意の圧殺を」で演説する衆議院議員時代の玉城デニー氏(2015年5月24日/国会前)